理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章7(悪戯の痕)

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「でも……、親交はあったのですよね……?」
 美春に疑問が湧きあがる。話をしたのではないとは、どういうことなのだろう。
『ええ、もちろん、“わたし”を見て頂いたわ。見た目より、思うより、マナブは素晴らしい“男性”ね。彼なら、ボスとして従っていけそう』
 何かおかしな予感に、美春は出るべき言葉を失っていく。すると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
『それにしても、ミハルも、見かけによらず情熱的なことをするのね。……驚いたわ』
「……え?」
『男の内股にキスマークをつけるなんて。そんなに積極的には見えないのに』

 美春は息を呑んだ。
 その意味はすぐに思いつく。昨夜、学の優しさに感動して彼に口淫を行った時、ほぼ脚の付け根に近い内腿にキスマークをふたつ、悪戯に付けてしまっていたのだ。その刻印は、まだ色濃く彼に残っていることだろう。

『それも二箇所も。凄いわ、随分と慣れているのね。意外だったけれど、そのくらい情熱的な方がアランも喜ぶわよ?』

 付けた数まで言い当てられ、美春は言葉が出なかった。
 ここまで言われては、学とグレースが行った親交がどういうものであったのか、おかしな想像が働いてしまうではないか。

(まさか……、そんな、学がそんなことを許すはずがないじゃない……)

 身体中が否定の叫びをあげる。しかし脳裏では、学の脚の間で身を屈めるグレースの姿が想像された。
 その幻覚に、美春は冷や汗が出始める。吐き気が襲い、眩暈がした。
(何を考えているの……、そんなはずがないでしょう……)

『年下のボスだから、ちょっと心配はしていたんだけど、余計なことだったみたい。年齢以上の風格を持った人だとは思っていたけど、それ以上だったわ。――本当に素敵よ、マナブは』

 耳を覆ってしまいたかった。グレースは何を言っているのだろう。「マナブ」とは、どこの「マナブ」のことなのだろう……。
「グレースさん……、おかしなことを言わないでください……。仕事でしょう? なのに、そんな……」
 彼女から発言の撤回を引き出そうとするが、美春の声は震える。引き攣ってしまうトーンは、まるでグレースに「冗談だと言ってくれ」と哀願しているようにも感じられ、自分が酷く惨めに思えた。
 そんな美春の耳に、クスリと笑うグレースの声が耳障りに響く。
『可愛いわね、ミハルは。……あなたは、マナブに愛され過ぎて、その愛の中でしか“男”というものを知らないのよ。真実が分かっていないんだわ』
「真実……?」
『男の欲望ってね、そんなに誠実で素敵なものじゃないわ。――あなたは、マナブの愛に夢と理想を持ちすぎよ』

 ――――何かが崩れた……。

 与えられ続ける衝撃から、傷つき続ける心を修復しようと懸命になっていたというのに。
 バラバラと音を立て、確固たる誓いの一部分が崩れていく。
 学が与えてくれていた、確かなものが……。

『教えてあげてもいいわよ? わたしが学と行った親交の内容。男と女が手っ取り早く分かり合うには、この方法が一番だっていうものを教えてあげるわ。……すぐにこっちへいらっしゃい。社長も待ってるわ』
 一方的に訪問を強制し、グレースは電話を切った。
 耳に当てたスマホが無機質な音を立て始めても、美春は身動きできない。
 膝と腕が小刻みに震える。あまりのことに胸が詰まり、呼吸が苦しくなった。
「……まな……ぶ……」
 
 グレースは今、何の話をしていたのだろう。
 誰と親交を持った話をしたのだろう。
 男と女が分かり合うために一番良い方法で親交を持った「マナブ」とは、誰のことだろう……。

 分かっているのに、美春は全身でそれを否定した。

(――――嘘……!)

 ――――あなたはマナブに愛され過ぎて、その愛の中でしか“男”を知らない……。

 グレースの蔑みが、いつまでも頭で響く。
 あの美しい顔で冷笑を浮かべる表情までもが、安易に想像できた。

 ――――あなたは、マナブの愛に夢と理想を持ちすぎよ……。

 学の愛情は真実だ。
 ふたりは永遠の愛を誓い、この想いは永久不変であることを確信し合っている。
 決して、どんなことがあろうと、お互いを裏切る行為に心が傾くことなどないはずだ。
 そう信じているのに、美春の中には微かな迷いが生じていた。原因のひとつには、幼い頃から仲の良い姿を見続けた両親の、過去に存在した心のすれ違いを知ったことと、信じて疑わなかった母に、寂しさの揺らぎが起こした罪の陰を見たせいだ。

 学がグレースと男と女の親交を持ったなどと、決して信じたくはない。
 だが嘘だと思いたくても、美春が残した愛情の悪戯の存在を、彼女が知っていることが気にかかる。
 何故彼女は知っているのだろう。ズボンどころか下着まで脱がなくては見えないような場所だ。

「そんなはずない……。そんなはずは……。学が、そんな……」
 美春の口が、うわ言のように繰り返す。否定をしても胸を占めるのは嫌な予想ばかり。
 そしてその真実を確かめるには、学に直接訊くか、……アランの元へ行き、グレースに会うしかないのだ。








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