理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章8(信じ合う心)

 ←第10章7(悪戯の痕) →第10章9(敵地での出迎え)


「お待たせ、美春。――ん? 電話か?」
 買い物を終えた学が、運転席へと乗り込んできた。美春がスマホを耳に当てているので電話中を問うが、彼の問い掛けは動きと共にそこで止まる。
 美春が、怯えた目で学を凝視したからだ。
 温かみを取り戻したはずの顔は再び青ざめ、いつも可愛らしく赤みを差す唇まで色を失っている。
「美春……? どうした? 何の電話だったんだ?」
 彼女に触れようと伸ばした手を、美春は身体を引いてかわす。その反応に学は眉を寄せた。怪訝な表情を見せる彼から目を逸らし、美春は幻聴をもたらすスマホから耳を離す。
「社長の所へ行ってきます……。今すぐ」
「社長? アランか?」
「……仕事は終わっていないと、連絡が来ました。……今すぐに来るようにと、……グレースさんが……」
「グレースが?」
 学の口から名前を聞いただけなのに、美春の鼓動がトクンッと大きく脈打った。彼の声で、その名前を聞くのが辛かったのだ。
「午後の仕事に支障が出ないようにしたいので、今すぐに行ってきます。……もしも、戻らなかったら……、代行を……」
 車を降りようとドアに手をかける。学は当然のようにその手を掴んで止めた。
「待て美春。それなら俺が送っていく。でも、少しだけ待っていろ、今、同行者に柳原君か須賀君を呼ぶから」
「すぐに、急いで行かなきゃ……、行って、確かめなくちゃ……」
「確かめるって、何をだ。待てと言っているだろう、どうしたんだ」
 美春は騒ぎ続ける心のままに学の手を振り解き、彼に向ける瞳をたじろがせる。
「学……、グレースさんと、……どんな“話”をしたの……?」

 そのひと言で、学は美春が動揺をしている意味を悟った。グレースが応接室での出来事を話したのだと。
「どうしてグレースさんが、私が付けたキスマークのことなんか知ってるの? あんな所、服を脱がなくちゃ分からないでしょう……」
「……何を考えてるんだ……。あれは……」
「何が親交なの……、そんなおかしな親交、聞いたことも……」
「美春が何を考えているのか大体分かるが、まさかおかしな疑いを持っているのか?」
「……持ちたくない……、疑いたくなんかないよ……、でも!」
 美春は声を荒げるが、彼女を見つめる学はいたって冷静だ。その表情からは、迷いや疚しい物は感じない。
 グレースにあおられ、変に興奮しているのは美春だけだ。自分だけが動揺して騒ぎ立てている事実が、美春は恥ずかしかった。
 いつもの美春ならば、例えグレースが学の身体の特徴を克明に並べ立てたのだとしても、心を揺るがすことなどなかっただろう。
 だが今の美春は、ショックな出来事の連続で心を引き裂かれ過ぎている。いつもの自分も信念も、見失いかけているのだ。

 それが、美春自身にも分かる。
 コントロールが利かなくなっている自分が疎ましい。
 迷ってばかりいて、学さえも疑ってしまう自分に虫唾が走る。

「ごめん……、学……」
 美春は両手で額を押さえ、苦しげに俯く。落ち着こうと大きく息を吐き、左右に首を動かした。
「私……、今凄く気持ちがぶれてる……。自分で分かるの……。きっと、学が事情の全てを話してくれたって、今の私は信じないと思う……。だから、自分で確かめたいの……。心に詰まっている物を、綺麗にしてきたい……。その為には、アランの所へ行って、彼やグレースさんの口から、真実を聞かなくちゃ……。だから、行かせて、お願い……」

 恐らく学は止めるだろう。
 そして、美春が悩んでいる原因の全てを、解決に向かわせる為の策を企てるはずだ。
 いつものことだ。美春が波紋の中心へ飛び込んでいく様を、彼が黙って見ているはずがないではないか。美春が泣いただけで、泣かせた相手を敵視する男だ。
 そんな彼を当然のように知っている美春は、きっとひとりでは行かせてもらえない、それどころか行くこと自体を止められてしまうだろうと思っていた。
 だが学は、美春の頭を撫で、静かな声で告げたのだ。
「行ってくるといい」
 額を押さえていた手を離し、美春は顔を上げる。視線を流した先には、真摯に美春を見つめる学がいる。
「それで美春の心が晴れるなら、行ってくるといい」
「学……」
「美春は、意志の強い女性だよ。こんなに色んなことがあっても、そこで停まらず動こうとする。俺は美春を信じているから。――行っておいで」

(信じてくれている……)
 ただ甘やかすだけではない感情が、美春の心に伝わってきた。
 学は、美春を信じてくれているのだ。
 どんなに動揺し弱さを見せても、彼女が内に秘めている本当の強さを知っているからこそ、彼女の意志を尊重して送り出してやることが、この苦境から這い上がる最良の手立てだと。

「ほら、これは忘れるな」
 急ぐあまり、シートに置き去りにされようとしていたスマホを取り、学は美春のショルダーバッグに入れる。
「いつでも、俺が傍にいることを、忘れるな」

 学を見つめる瞳に涙が浮かびそうになるが、それを堪え、美春はこくりと頷いた。
「ごめんね、学……、私も、信じているから……」
 彼を疑おうとした自分が寂しい。いつもは普通に出来る“信じる”という行為さえ否定しようとしている自分が、酷く哀れに感じた。
 車を降りた美春は、呼び出し待機中のタクシーを同じ駐車場内に見付け窓を叩く。嬉々として開くドアから乗り込み、マニフィーク・ヒルの名を告げた。
 レクサスの運転席からタクシーを見送っているであろう学の視線を感じながら、リアウインドーを振り返り、スマホが入ったバッグを胸に抱く。

 それだけで、学が守ってくれているような気がした……。








人気ブログランキングへ





もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第10章7(悪戯の痕)】へ  【第10章9(敵地での出迎え)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第10章7(悪戯の痕)】へ
  • 【第10章9(敵地での出迎え)】へ