理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章9(敵地での出迎え)

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「美春……」
 自分を哀れとしながらも、そこから抜け出そうとする美春を、学は運転席からタクシーが見えなくなるまで見送っていた。
 その姿が完全に見えなくなると、彼はおもむろにスマホを取り出す。
「さて……、須賀さんに連絡して、始めるか……」
 頭の中で彼の計画が数式のように組み合わさり、最良の方法を打ち出していく。執行する為に須賀へ連絡を取ろうとしたが、予想外の着信に遮られた。
 学は相手を確認し、待っていたと言わんばかりに応答する。
「一真?」
 かけてきたのは、彼の可愛い義弟だった。


*****


 マニフィーク・ヒルの正面でタクシーを降りた美春は、エントランスからアランが飛び出してきたことに驚いた。
「よく来てくれたね。もしかして来てくれないのではないかと思っていたよ」
 彼は嬉しそうに美春を抱き締め、彼女が抵抗する前に笑いながら身体を離す。
「こういうことをするから嫌われるのかな? さあ、おいで、部屋へ行こう」
「あの……、社長、先程は私、随分と失礼を……」
 警戒をして控え目に口を出す美春に、アランは苦笑いを見せた。
「いや、分かっているよ。……僕も、言うタイミングを間違った話をしてしまって悪かった。……その話も含めて、ゆっくりと仕事の話がしたい。良いかな」
「はい……、あの、グレースさんは……」
「彼女も美春と話をしたがっているよ。部屋で待機をしている」
「私も……、話がしたいです……」
 彼女に会って、訊かなくてはならないのだ。学との間に何があったのかを。美春が付けた戯れの痕を、何故彼女が知っていたのかを。

 アランが迎えに出てくれたことにも驚いたが、部屋に入ってすぐグレースが笑顔で出迎えてくれたことにも驚いた。
「よく戻ってくれたわ、ミハル。急がせてしまってごめんなさい」
「いえ、あの……」
 両手で美春の手を握り、グレースは小首を傾げて美春の顔を覗き込む。
「随分と焦って来たのね。メイクも無しなんて」
「ごめんなさい……、失礼かとは思ったのだけど……」
 メイクより着替えるより、早く話をしたかったのだ。その気持ちは、煽ったグレースが良く分かっているだろう。
 グレースはアランと顔を見合わせて何かを確認してから、そのまま美春の手を引いた。
「いらっしゃい、まずは頭をスッキリさせると良いわ」
「え……? 何……」
 グレースは美春をバスルームへ連れていくと、白いタオルを一枚広げ彼女の頭にかける。
「酷く疲れた顔をしているわよ。そんな時は冷たいシャワーでも浴びて目を覚ましなさい。暑い外でも歩き回った? 汗もかいてるみたい」
「そんな……、仕事で来ているのに、いきなりシャワーなんかお借りするわけには……」
「そんなぼんやりした頭で、何の話ができるのかしら。ロシュティスを、寝ぼけ半分で仕事の話をできる会社だとでも思っている? 少し気分転換していらっしゃい。服は至急でホテルのクリーニングに預けるから、私の物を貸すわね。VIPの我儘は怖いくらい通るから、一時間か二時間で仕上げてもらうわ。帰る時にでも着替えると良いでしょう?」
「でも……」
「肌にアレルギーはある? 軽くメイクをするなら私の道具を使って。ロシュティスが子会社として新設した、薬用化粧品のブランドよ。是非、使い心地を聞きたいわ」
「待って、そんなことまで……、私は話をしに……」
「ミハル」
 詰め寄る美春に動じることなく、グレースは片手を立て彼女を制した。

「ただ気を張って敵地へ乗り込んできて、あなたは冷静さも何もなくなっている。そんなことじゃ、アランと話なんかできない」
 声をひそめたその口調に、美春は耳を疑う。まるでグレースは、美春がアランと無謀な対峙をしないよう、気遣ってくれているようにも感じるのだ。

「彼を甘く見ないで……。彼は……悪魔よ……」

「……グレースさん……?」
 美春にだけ聞こえるよう囁かれる言葉。これはグレースの本心なのか。
 彼女の思惑を計れず戸惑う美春を置き去りに、グレースはバスルームの“外”に聞こえるよう、トーンを高める。
「それにね、少し時間をもらいたいのはこっちなの。早く来てもらって悪いけど、アランはスイスの副社長と急な会議が入ってしまっているのよ。すぐ終わる内容のものだから、終わるまでリラックスしていてちょうだい」
 まるでわざと話し声を聞かせようとしているかのようだ。状況が把握できていない美春を一瞥して、グレースはバスルームを出ようとした。
「あのっ、グレースさんの話も後で……」
 慌てて彼女の背中へ声をかける。どちらかといえば、アランと話をするよりグレースと話をしたくて来たのだから。
 グレースは肩越しに振り返り、真剣な中にも不安を見せる美春を見て口角を上げた。
「分かっているわ。……わたしの話もしてあげる。約束だもの……」
 美春は唇を結んでこくりと頷く。すると、皮肉な形で上がっていたグレースの口角が、ふっとほころんだのだ。

「安心して……。マナブはね、……本当に素敵な“男性”だわ」

 バスルームのドアが閉まる。そのドアを見つめ、美春は不安を呑み込み、学の声を思い出した。

 ――――いつでも、俺が傍にいることを忘れるな……。


*****


「うん、綺麗になった」
 背の高い花瓶に飾ることができたのは十本分の薔薇。三本は浅い花器に。しかし五本は直接叩きつけられた分であったのか、花が潰れ、飾ることはできなくなっていた。
「ごめんね……」
 リビングのテーブルで薔薇たちを飾り、エリは指先でピンクの花びらに触れる。彼女の謝罪は、罪のない花たちをいざこざに巻き込んでしまったことに対してのようにも見える。
 だが違うのだ。エリは、水分を得てしっとりと潤う可憐な花びらの中に美春の姿を重ね、彼女に話しかけたのだ。
「美春……」
 娘の泣き顔を思い出し、胸が痛んだ。まさか今になって、“あの日”の出来事に悩まされるとは。

 ピンクの薔薇は、アランを思い出させる。
 昔、エリが関わった彼は、ふたつ年下の妙に大人びた少年だった。
 彼が好意を持っているのは分かっていた。話し方や態度から、それは容易に見当がついたからだ。
 明るい笑顔に軽い口調。態度に嫌味がなく、人懐こくて付き合いやすい。大きな孤独感を内側に秘めていたエリにとっては、生徒でもあるが友達のようでもあった。

 そして彼は“あの日”、ピンクの薔薇を三十六本抱えて家へやって来た。
 薔薇を差し出し、いつもと同じ挨拶を口にする。――その日は特に、情熱的に。

『ma cherie(マ・シェリー)』
 ――――“僕の、最愛の女性”と……。









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