理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第10章10(疑惑を生んだあの日)

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『また間違っている。私は“エリ”よ。“シェリ”じゃないわ』
 そう言ってはぐらかすのは、何度目だろう。
 罪のない笑顔で薔薇を受け取りながら、エリは思う。
 講師を務める日本語スクールでも、プレイボーイで有名だったアラン。著名な学者一族の長男で頭も良く、そのころはまだ成長過程の名残としてブラウンの髪に金髪が混じっていたせいか、「王子様みたい」と小さな少女から年配の女性にまで人気があるハンサムな少年だった。

『元気がないよ、エリ? どうしたの、いつもの君の笑顔じゃない』
 アランは他人の機嫌を探るのが得意だった。そのせいか、悩みを聞いているうちに女性と“特別に”仲良くなってしまうことも、時々あったらしい。
『そう? 何でもないわよ? 風邪でもひいたのかしら。ごめんなさいね、せっかく訪ねて来てくれたのに』
 そう言われる原因は分かっていた。その頃、大介が研究所に泊り込んだまま、四日ほど帰ってきていなかったのだ。
 彼が頑張っているのは、大介自身や会社のためであることの他に、何を置いてもエリのためであることが分かっているので不満は言えない。
 だが、「寂しい」という気持ちは隠しきれず、雰囲気に出てしまったのだろう……。
 アランはそれを、見逃さなかったのだ。
『もしかして、また、旦那さん、帰ってきていないの?』

 アランとは友達のように仲が良かった。そのせいか、お互いの家族の話なども、支障ない程度に話すこともあったのだ。当然、大介の件も知っている。研究員なので忙しく、新婚なのだが滅多に家へ帰ってこないという話を聞いて、豪く憤慨していたことがあった。
 スクールの生徒を家へ呼んだことなどなかったが、知り合って半年ほど経った時、イベントで遅くなったエリを家まで送ってくれたのがアランだった。それから時々、家へ顔を出すようになったのだ。

『うん、でも、しょうがないし……』
『しょうがなくないよ!』
 そしてこの日、彼は妙にイラついていた。
『どうして分かんないんだ! いつもエリを悲しませて! エリも……どうしてそんな男といつまでも一緒にいるんだ!』
『アラン……?』

 寂しさに耐えながら明るく振る舞うエリに惹かれ、一年近く彼女を想い続けているアラン。
 彼の不満は、どんなに自分が優しくしても、どんなに心を開いても、エリの愛が自分のものにはならないことだった。

 “結婚”という檻の中で、“夫婦”という鎖に繋がれている彼女が、可哀相で堪らない。
(何故エリだけが、いつも泣いていなくちゃならない!?)

『僕は……、絶対にエリを悲しませたりしないから……!』
『……アラ……ン……!』
 出そうとした悲鳴は、年下ではあるがエリよりも身体が大きいアランの手に塞がれる。抵抗の欠片も見せられないうちに、エリは床に押し倒され、衣服を奪われた。

『僕のものになって……。もう、君の寂しそうな顔を見るのは嫌だ……。僕が慰めてあげたいんだよ、君の全部を……』
 唇を押し付けられながらエリは息を呑んだ。大介以外の男性にキスをされたのは初めてだ。それだけではなく、もちろん大介以外の男性に身体を触られるのも初めてなのだ。
 身体を動かし、手を振り上げて圧し掛かっているアランを除けさせようとした。だが、彼女の自由は完全に封じられ、身動きひとつできなかったのだ。
 男の力とは、こんなに強いものなのだとエリは驚愕する。
 大介に手荒な扱いなど受けた経験がないせいか、その事実はエリに恐怖と共に涙をもたらした。

『エリ、泣かないで……。僕は、君を……』
 アランはアランなりに、いつも寂しさを耐えているエリを慰めようと、心から思っていたのかもしれない。
 だが、そんな彼に、エリは彼女が心に秘める愛情の強さを叩きつけたのだ。

『もしこのままアランに抱かれたって、……心まであなたにはあげない……。私の中にある愛は、大介だけのものだから!』

 ――――何故、分かってくれない!?
 アランは愛しさの中で怒りが湧き上がる遣り切れなさを感じた。
 こんなにも想っているのに。
 こんなにも愛しているのに。
 何故エリは、分かってくれないのだろうと……。

 彼女の主張に驚いたアランに、一瞬の隙ができた。
 力が弱まった身体の下から抜け出ようと身を起こしかけたエリだったが、すぐに腕を掴まれ引き戻される。
『きゃっ……!』
 反抗して身体を捻った彼女は、倒れた瞬間、強く壁に頭を打ち付けてしまった。
 眼球の奥に痛みが走り、頭の中に白い靄がかかる。
 エリはそのショックで、気を失ってしまったのだ――――。

 ――ゆっくりと意識を取り戻した時、自分を押さえ付けていた身体はなかった。
 静かな部屋の中に倒れていたのは、彼女だけ。
 一糸纏わぬ姿ではあったが、身体の上には最初に奪われたワンピースがかけられていた。

『……大介……』
 呆然とする口から出たのは、愛しい夫の名前。

 エリには、何が起こったのか分からなかった。
 意識を失くしている間、自分の身体に何があったのかも……。

 その日から、アランはエリの前に現れなくなった。
 やがて妊娠が発覚し、“もしも”の予感に、エリは医師に頼んで排卵日を探り出す。そして、妊娠周期から見ても、大介が長い泊まりから帰って来た日に持った夫婦の時間が、この命をもたらしてくれたのだと確信した。
 
 だからこそ、美春を産んだのだ……。


*****


 ピンクの花びらに、透明な雫が跳ねる。
 いつの間にか、泣いていたのだと気付いたエリは、指で涙を拭い自分の弱さを嘲笑う。
「ごめんね……、美春……」

 怖かったのだ……。
 美春は間違いなく大介がくれた子どもなのだと確信はあっても、もしかしたらアランと身体を繋いでしまった事実があるのかもしれない出来事を、娘に知られてしまうことが。
 あの時、アランが意識を失ったエリを抱いたのか、知っているのは彼だけなのだ。
 だが、彼が美春を自分の子どもなのだと思っているなら、身体を繋いだ事実があるということなのだろう。

 状況がどうあったにしろ、意識がなかったうえでのことであったにしろ、夫以外の男を受け入れた過去を、“娘”というものに知られるのが、怖かった。

「美春……、ごめんね……」

 同じ“女性”として、娘に軽蔑されるだろうことが、辛かった……。

 しかしそのために、美春が辛い状況に追い込まれている現実がある。
 大切なもののために、心を決めなくてはならない。エリの心に、ひとつの決心が芽生えた。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第10章、今回でラストになります。

 10章丸々使っているのですが、まだ月曜日の午前中なんですよ。(笑)
 この月曜日は11章にも続きます。
 「親交」なんて都合の良い話から、とんでもない話を突き付けられてしまいました。
 ですが、エリの回想で分かる通り、それは間違いなんですね。ですが、アランは信じているわけです。
 第11章では、この真相と、美春のために意外な人が活躍します。
 もちろん学も陰で頑張ってくれますが、彼にはまだ、グレースと何かあったのか疑いがかかっていますね。

 第11章開始時には、どうぞまたお付き合い下さい。

 宜しくお願い致します!

*第11章は、3月10日からになります。





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