理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第11章3(明かされる思惑)

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「秘書交換を条件にあげ、契約や抗体の件でミハルを追い詰めてしまっているのは分かっている。今朝、ミハルが怒ったのはもっともだ」
 これは、あんな条件を出してしまったことに対する後悔なのだろうか。
 前向きに話し合う気持ちを見せてくれているのかと、思わず美春は腰ひとつ分アランに近寄り、口を開きかける。
 だが、彼のひと言に、言葉は失われた。
「最初僕は、クライン・レビンの被験者を、さくらではなくミハルにするつもりだった」

 美春は息を呑み、再び唇を結ぶ。驚きに見開かれた瞳は、眼底にまで届く明かりが不安げな藍色を浮かびあがらせた。
 さくらの異常な睡眠障害がアランから故意に投与されたものであることを知って、病気の名前や症状については週末に調べている。アランがさくらに発症促進剤を与えたのは、似た境遇でありながら幸せを手に入れている一とさくらが妬ましくなり、突発的に思いついた行為なのだと美春は思っていた。
 だが、それは違うのだ。
 
(じゃぁ、お母様は、私の代わりだったの……?)

 血の気が引いていく美春に、アランは話を続ける。
「ミハルの発症を確認したところで、抗体がスイスにある旨を話し、投与のためには緻密な検査が必要という理由付けの元でスイスへ連れて行くつもりだった」
 動揺のまま見開かれた瞳が、アランを凝然と食い入るように見る。彼はその視線を受け入れ、目論見を露呈させた。
「――そして、二度と日本には、帰さないつもりだった」

 身体ひとつ分近付いていた距離が大きく開いた。ソファの端に飛び退いた美春は、両手でソファを掻き掌を握り締めて声を震わせる。
「最初から、そのつもりで……?」
「どんな卑怯な手を使ってでも、ミハルを手に入れるつもりでいたんだ」
 改めて知らされる驚愕の事実に、美春は声が詰まる。
 ふとグレースが口にした言葉を思い出した。彼女は忠告してくれたではないか、「彼は悪魔よ」と。
 身内でも知人でも、自分の研究の為ならば被験者をも選ばないアラン。ならば、今回の計画も同じ気持ちだったのか。
 自分の娘かもしれない美春に、成功しているのかどうかも分からない促進剤を与え、抗体を理由にスイスへ連れて行って二度と帰さない。もしも今回の促進剤に欠陥があったとしたら、美春は生きてスイスになぞ渡れなかったかもしれないというのに。

 それでも、例え亡骸にしてでも、美春を手に入れたかったというのか。

 ゾワリッ……と、全身が総毛立った。サッパリとしていたはずの背中に冷たい汗が伝う感触。それはまるで、ナイフで薄皮を辿られているかのように危うい恐怖を引きずり出す。
(何故……、そこまでして私を……)

 これも彼の執着なのか。
 恋い焦がれた女性に酷似した美春に愛情を差しかえようとする、妄執の結果なのだろうか。

 自分の身を危ぶみつつ、美春はさくらへの罪責感でいっぱいだ。
 美春の代わりに選ばれたさくら。促進剤は成功であったのか、彼女に睡眠異常以外の症状は出てはいない。
 しかしこのせいで、さくらと一は随分と辛い思いをしているのだ。
「何故、さくらさんに……。アランは、本当に会長を憎んでいるの? だから?」
 吐くように声を出した美春を見つめながらも、アランは視界の中にグレースの姿を留め、振り向くことなく仕事を続ける彼女へ意識を傾ける。
「……葉山会長は、……僕が得られなかったものを持っている。欲しくて欲しくて堪らなかったのに手に入れられなかったものだ。僕は、嫉妬した。……先週、会議室で見ただろう? あれが、僕の気持ちの全てだ」
 その言葉は、美春に伝えているようで違う誰かに話しかけているようでもあった。アランの意識が自分を通してグレースへと向けられていると気付いた美春は、ゆっくりと振り返り物言わぬ背中を見つめる。

(嫉妬していたのが、アランだけではなかったら……)
 アランと同じように、似た境遇にありながら、自分とは対照的に幸せを身体いっぱいに纏うさくらを、グレースが羨んでいたとしたら。
(アランは……、まさか、グレースさんの気持ちを汲んで……)

 思考が真相を探ろうとした時、おもむろに立ち上がったアランがグレースの背中へ声をかけた。
「グレース、例の資料を出せ。ミハルに見せたい」
「分かりました」
 振り向かないまま答えが返ってくる。彼女はデスクの端に寄せてあったノートブックを開き、起動の間を使って資料を揃えだした。
 まださくらの件で話をしたかった美春としては、いささか話を逸らされてしまった気分だ。戸惑い気味にアランと視線を合わせると、彼はにこりと微笑んだ。
「今日は、是非とも美春にこれを見せたかったんだ」
「……何ですか?」
「見れば分かる」
 微笑んだまま、彼は口元に人差し指を立てる。
「トップシークレットだよ? ミハル」
 
 やけにもったいぶった態度だ。もしやさくらに使用した発症促進剤のデータ―などではないのだろうか。それとも抗体のデータ―だろうか。
 思考が先走る中、グレースが美春を手招きする。どうやら起ち上げたパソコンを見ろと言っているらしく、美春はグレースの表情を探りながら近づいていく。
 「見ろ」と言わんばかりにパソコンの上をポンッと叩いた彼女に促されるまま目を向け、そこに映し出されている文字列に、美春は目を瞠った。
「これは……」
 
 モニターの中には、三つのホルダーがある。
 それぞれには、葉山製薬と相対する、ライバル会社の名前が付けられていた。









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