理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第11章4(窮地に立つ“現実”)

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(まさか……、ライバル社のデータ―……?)
 ロシュティスと手を結びたがっていたのは葉山製薬だけではない。
 “難攻不落のロシュティス”相手を選ぶ強固な態度は、関係者たちにそう呼ばれていたのだから。
 モニターを凝視する美春を煽るように、グレースはカーソルを中央のファイルに合わせる。美春の手を取りマウスへ添えさせると説明を加えた。
「各社のデーター並びに担当者との会議内容、先方からの条件提示まで、全てがまとめてあるわ。もちろん葉山製薬のデーターもあるけれど、それは別にしてある。当然でしょう? スペアと本命は一緒になんてしておかないわ」
 怪訝な表情でグレースを見るが、回答をくれたのは彼女ではなく、ソファに寛いだまま面白そうに美春の姿を眺めるアランだ。
「好きなだけ見ていくといい。ライバルの手の内は知っておいて損はない。契約のために各社必死だ、社のプライドをなげうった条件を出しているところもある。会議録は最初と最後を読み比べてごらん。最後には担当者が死に物狂いになっていて、喜劇を観ているようだよ」
「でもこんな……、これは、簡単に他人に見せて良いものではありませんよ……。ましてや、交渉相手の一社である私に……」
 他社がどんな仕事をしたのか、見たい気持ちはもちろんある。だがこれは、ロシュティス側としては信用問題ではないか。
 例え葉山製薬を本命にしてくれているのだとしても、まだ契約書にサインをしたわけではない。ここで相手側の情報を得るのはフェアではないだろう。

 カーソルを動かせないままモニターを見つめていると、グレースがマウスの左側にかかった美春の指をポンッと叩いた。
「あっ……」
 戸惑う間もなくホルダーが開かれる。美春の手を上から握り、グレースは更にファイルをひとつ開いた。
「グレースさ……」
「何を考えているの、ミハル。競合相手の手の内を知るのは、決して不利益にはならないはずよ。何か綺麗事を考えている? そんなんでよく大企業の専務秘書が務まるわね。やっぱり思った通り、マナブはあなたを甘やかしすぎだわ」
 決断力の甘さを指摘され、勝手な操作をするグレースを咎めようとした言葉は失われた。
 対峙する女性ふたりをサカナに、アランが楽しげな笑声をあげる。
「グレースの言う通りだ。ミハルが遠慮をする必要はない。ミハルは僕の秘書になるんだから。内容を知っても当たり前だ」
「それは、まだ……」
 まだ決まったことではない。アランにそんな思惑があるのなら、この情報を美春が見るということは彼女がアランの秘書になることを認めた、とも取られかねないのではないか。

 美春はアランを振り返ったままモニターを見ようとしない。一方グレースも、美春の手にマウスを握らせたまま離さなかった。
 アランは笑うのをやめ、頑なな美春を見つめて不敵に頬を歪める。
「綺麗事を考えようと考えまいと、そのデーターは見ておくべきだ。いいや、君だからこそ見なくてはならない。――何があってもマナブの秘書であり続けると、この期に及んでまだ子どものような夢を見ているなら、尚更だ」
「……夢?」
「人が人を想う愛情なんて、現実の前では都合の良い幻でしかない。所詮“現実”には勝てはしないんだよ。……今夜一晩かけてでもそのデーターを全て見て、ミハルにはじっくりと考えて欲しい。――葉山製薬側がこちらの条件を呑まず提携の話が流れても、日本進出をするロシュティスとしては日本の有力な企業と手を結ぶことを望んでいる。葉山製薬が断われば、三社いずれかと手を結ぶだろう」
 最悪の予測が頭を過り、美春の眉が寄った。
 世界屈指の製薬会社であるロシュティス。そこがもし、ライバル会社と手を組めば……。
「そうなれば、どうなる? 例え、安定した老舗大企業と謳われ、今尚躍進し続ける葉山製薬といえど、……今のままではいられなくなるだろう?」

 言い返せない美春に、アランは選択を促した。
「“現実”をシッカリと見ていきなさい。それとも今すぐマナブの元へ帰って、“幻”の中で没落していくことを選ぶのかい?」

 マウスを握った美春の手に力がこもる。彼女が心を決めたのだと察したらしく、グレースの手が離れた。
「ジュースでも持ってきてあげる。リラックスして見ていて」
 美春の肩をポンッと叩き傍を離れる。しかしリラックスなど到底無理な話だ。“現実”を前に、美春は倒れてしまいそうだというのに。

(葉山と契約できなければ、ロシュティスは他社と契約する……)
 無謀な条件を持ちかけられるくらいなら、いっそ契約など取りやめにしてしまえばいい。そんな方法もあるだろう。小さな契約ならば、白紙に戻すという方法もあった。
 だがこれは、条件を呑むのが無理だから、じゃぁやめようか、で済むレベルの話ではないのだ。
 学や美春、さくらだけにかかる問題ではない。

 ロシュティスが他社も視野に入れている限り、葉山製薬の未来をも左右する問題なのだ。

 設立当時のロシュティスは、日本の製薬会社との提携など眼中にはなかった。
 そこに交渉の手を入れていたのが、葉山製薬と他三社。
 日本企業と手など結ばなくとも、僅か二年で世界のトップクラスへ躍り出たロシュティスには、それに見合うだけの準備と人材と、そして独自の研究技術が充分に備わっている。だが、副社長が四年前視察しに訪れた学に目を付けたことと、日本進出を視野に入れたことで状況は変わり始めたのだろう。

 葉山製薬を本命として、本社を視察したいという話は喜ばしいことだった。
 ロシュティスが一社のみを選び、その会社との話し合いが上手くいかなかった場合、次点はないだろうと言われていたからだ。
 本命が駄目なら次へと乗り換えるほど、日本企業と手を結ぶことに執着はないだろうと考えられていた。それだから、各社の担当者は必死だったのだ。

 だが、状況は変わっていた。
 葉山が駄目なら、ロシュティスは“次”を視野に入れている。 

 選択を迫られているこの契約が破談になれば、葉山が追い詰められる立場に立つのは遠い未来ではない。

 だが、手を結ぶためには……。







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