理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第11章5(美春の匂い)

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(私が、アランのところへ……)

 答えを呟こうとした心は、襲いくる現実に慄然とし、回答を塞いで美春をパソコンへ向かわせた。
 余計な思いに捉われまいとするかのように、美春はファイルを開き一心不乱に目を通していく。提示条件、会議録、開発側との会議まで。
 グレースが傍らにジュースのグラスを置いてくれたことにも気付かないほど、のめり込んでいったのだ。

 思惑通りと言わんばかりに彼女を眺め、アランはソファの足元に置かれていた美春のショルダーバッグに手を伸ばした。
 特に意識をしたわけではないのだが、ずっと美春が足元に置いていたので、席を離れた彼女を気遣ってソファに上げておいてやろうと考えたのだ。
 手に取り、ふと、何かの音楽が耳に入った。小さな音だがバッグの中から聞こえてくる。バッグを開くと、響かせる空間が広がった分だけ音は大きく溢れ出した。
 
 モニターを凝視していた美春が音に気付き手を止める。どんなに何かに集中していようと、この音は学と美春を繋ぐメロディだ、彼女の耳が聴き逃すはずなどない。
 バッグをソファに置きっ放しにしていたことを思い出し慌てて振り返る。しかし遅かった。バッグの中で着信音を響かせていたスマホは、アランに取り出されていたのだ。
「“カノン”か……。良い趣味だ、僕も好きな曲だよ」
 電話をかけてきた相手を確認し、アランはスマホを耳に当てる。
「アランっ……!」
 美春は慌てて立ち上がった。着信音から、かけてきたのは学なのだ。美春に代わってくれることなくアランが出て、学と何を話すつもりなのか。
 不安に襲われた彼女を、アランは手のひらを立て制し、ニヤリと口角を上げる。
 美春と電話越しで話をする際、学はどんな声を出すのだろう。興味本位の好奇心は、少々捻た方向へ傾きかける。会社で見るのとは違う学の様子を堪能させてもらえるのではないかと、蔑みにも似た感情が湧きあがった。

 だが聞こえてきたのは、意外なひと言だったのだ。

『――そろそろ、美春を返してくれませんか』

 嘆願であるはずなのに、力強く深い声は威圧感さえ覚える。アランは反射的に笑い声を上げた。
「これは驚いたよ。何故僕だと分かったんだい? これはミハルのスマホなのに」
『私は“匂い”で美春か美春ではないかが分かるのですよ。美春の匂いがしなかったので、すぐに分かりました』
「……電話越しでもミハルの匂いが分かるなんで、それは素晴らしい」
 もちろん冗談を言っているのだろうと分かってはいるが、声を出してもいないのにすぐにアランだと見破った学には、少々驚かされた。
「マナブ、君はエスパーかい? 一度君の頭の中を調べさせて欲しいよ」
『切り刻まれるのは御遠慮しますよ。それより、美春を返してください。親交目的にしては、拘束時間が長すぎる』
「おや? グレースから連絡が行ってはいないかな? ミハルは今、大切な仕事中だ。もしかしたら、今夜は帰れないかもしれないね」
 話をしながら、アランは美春を見る。彼女はグレースに片手で進路を遮られ立ち竦んでいた。

『連絡は来ましたよ。美春はしばらく返せないと一方的に言われて切られましたが。それで納得ができると思いますか? 本人を出してください、美春の口から帰ってくる意思を聞きたい』
「残念だが、ミハルはここにはいない。小鳥のように可愛らし過ぎるので、檻に閉じ込めてしまった」
『……軟禁は、スイスにおいても犯罪の域に入ると思いますよ、社長。――それなら、これから私の代理で弁護士を向かわせます。あとは彼に御対応頂けますか?』

 アランは鼻でふっと息を抜くと、美春へ向けてスマホを差し出した。
「ミハル、“神様”が君を心配しているよ。声を聞かせてあげるといい」
 グレースの腕が下がり道が開く。美春はアランに駆け寄りスマホを受け取って、すぐさま耳に当て声を出そうとした。しかしその前に、学の声が彼女を潤したのだ。
『美春、そろそろ帰っておいで。美春の匂いがしないと、俺も元気が出ない』

 数時間離れていただけなのに、まるで何日も会っていないかのような錯覚に陥り、美春は胸が締め付けられるほど切なくなる。学の言葉にクスリと笑った後の声は、少々憂いを帯びた。
「社長が驚いているわよ。匂いで私が分かるなんて言ったら」
『しょうがないだろう? 本当のことだ。何を通してでも美春の匂いが感じられるのは、俺の身体に沁みついた美春用の感覚ゆえだ』
「もぅ……」
 呆れた様子を見せても、嬉しくてしょうがないのだ。今すぐ学の元へ帰って彼の胸に飛び込みたい。だが、頭の中から消えない“現実”が、彼女を押し留めた。
「学、もう少しだけ時間をちょうだい……。やりたいことがあるの」

 美春ひとりで長時間アランの元へ置くのは、決して好ましい事態ではない。
 学的には、やりたいことがあるなら明日にでも改めろと言いたいところだろう。美春もそれは覚悟した。
 だが彼は、溜息と共に苦笑いを連想させる雰囲気をかもし出したのだ。
『それは、いつ終わる?』
「……もう少し……。でも、社長が言っていたように、今日は帰らないとかそんなことは絶対にないから」
『ところで、俺の浮気疑惑は晴れたのか?』
「あ、まだ……」
 本来の目的を思い出し、美春はグレースをチラリと盗み見た。学と何かあったのかと疑いをかけたが、彼女は「安心して」と言っていた。その言葉を信じるのなら、ふたりの間には何もなかったと思えるのだが、やはり内腿のキスマークの件は気にかかる。
 アランとエリの関係と、学とグレースの件。
 それらを自分で確かめるのが目的であったはずなのに、どちらも確認ができてはいない。
 むしろ、新たな難題を与えられてしまっているではないか。
「確認して、必ず帰るから。……もう少し、時間をちょうだい? 私は大丈夫よ、おかしなことは何もないから」








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