理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第11章7(学の女)

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「……ミハル……」
 組み伏せられながらも、強固な態度でアランを牽制する美春を前に、グレースは眉を寄せた。
 つい数時間前、彼女を襲った動揺を思い出したのだ。

 学との“親交”で、彼女が味わった屈辱を――――。

(ふたり揃って同じことを言って……。なんなの、いったい……)
 鼻白みながらも、グレースの心に湧き上がったのは羨望だ。
 学と美春、ふたりの間に通っている絆が、一とさくらの繋がりを知った時よりも強く心を締めつける。
「……どうして……、わたしも……」
 そして襲いくる悔しさ。グレースは下唇を噛み、美春を見つめ続けた。

 グレースと同じように、アランもまた思い出に困惑を見せる。彼の記憶は過去を辿り、立ち止まった場所にはエリがいた。
 すると、目の前で自分を睨み付ける美春が エリと重なったのだ。

 ――――もしこのままアランに抱かれたって、……心まではあげない……。私の心の中にある愛は、大介だけのものだから!

 あの日。
 エリとの関わりを終わらせる決定的な出来事が起こった、あの日。
 衣服を奪われ、何ひとつ抵抗の術を知らないエリが見せた最大の抵抗、最強の言葉。

 それと全く同じものを、彼は今、エリの娘である美春から受けたのだ。

「ミハル! 何をするの!」
 狼狽に固まり、美春と対峙していたアランは、グレースの慌てた叫び声でハッと我に返った。
 その瞬間、美春の片手がアランの顎を掴み、勢いを付けて押し上げる。反り返った喉に、冷たい感触が走った。
 美春の言葉に驚いた反動で、アランは彼女の腕を離してしまっていたのだ。
「……ミハル……?」
 反り返ったアランの喉元には、小さなナイフの腹が押し当てられている。
 それは学が“護身用に”と持たせた、バタフライナイフだった。
「動かないで……。私から退いてくれると約束してくれないのなら、このままナイフを横に引くわ……」

 聞いたこともないくらい、深く重い声であったせいだろう。アランの喉がごくりと動き、問いかける声が慎重になる。
「……そんなもの、いつ……。そうか、マナブが持たせたのか……」
「まだ私は、貴方の元へ行くとも何とも答えは出していない。……これ以上の行為を働こうとするなら……」
「僕を、刺すかい?」
 冷たいナイフの腹が更に強く押し当てられた。アランはゆっくりと身体を起こし、美春の身体から離れ始める。
 捲れ上がったスカートから覗いた左腿に、レースが可憐なガーターリングの陰があった。そこにナイフを隠し持っていたのだろうと察しをつけたアランは、ふっと鼻で諦めの息を抜き、両手を顔の横に上げて敗北を認めたのだ。
「分かったよ。手は出さない。……今はね」

 アランにナイフを突き付けていた美春が、カシャリと音を立ててナイフをたたみストッパーをかける。ガーターリングに収納して立ち上がると、一連の様子を固唾を呑んで見守っていたグレースが、大きく安堵の息を吐いた。

 シャワーからあがった後も、クリーニングから返ってきた自分の服に着替える時も、美春は学から持たされたガーターリングとナイフを、忘れず身に着けていたのだ。
 何もないほうが良いのは当たり前だが、学が傍にいられない時は必ず持っていろと言われている。美春は、忠実に彼の言葉に従った。
 美春の手を押さえていたアランの力が弱まったタイミングを、彼女は見逃さない。躊躇うことなく捲くれたスカートの陰からナイフを取り出し、アランの背に隠してセットした。目で見ながら開けない分危険ではあったが、櫻井に泣かされながら何度もセット風景を見せられ練習させられた成果が、ここに来て役に立った。
 美春がナイフを取り出したのだと気付いたグレースは、叫び声を上げて立ち上がり、テーブルを回って美春の手を押さえようとした。しかし動きは美春のほうが早く、彼女はアランにナイフを突き付けることに成功したのだ。

 数々の修羅場を学と共に潜り抜けてきた経験は、美春に、窮地における反撃のタイミングを身に着けさせている。
 そして、それを実行するだけの度量も……。

「……もう少し、各社のデーターを見せてください。ある程度見たなら、今日は帰ります」
 テーブルに乗せられていたショルダーバッグを手に取り、美春は再び簡易デスクへと向かう。
「帰さない、と言ったら?」
 後ろからアランの声が追った。彼の声は、どこか警戒心を感じさせるものに変わっている。それを察しつつも、美春は肩越しに振り返り言い放った。
「それでも私は、私を待ってくれている人の元へ、帰ります」

 パソコンへ向かい、マウスを取ろうとした手が傍らに置かれたジュースのグラスに気付く。
 先にグラスを手に取り、グレースへ掲げて見せてから、美春は「いただきます」と声をかけてグラスに口を付けた。


*****


「やっぱり……、俺の美春は最高だ……」
 楽しげな含み笑いが学の口から漏れる。
 デスクの上には、一台のノートブック。学が個人的な仕事用にしているものであり、午前中、須賀に操作させたものだ。
 そこには監視カメラの画像が映し出されている。マウスとキー操作で角度や倍率も変えられるので、どんな方向からでも部屋の様子が分かるのだ。

 そして今映し出されているのは、パソコンに向かう美春と、ソファで立ち竦むアラン、同じくグレース、三人の姿。

「反撃に出るタイミングもバッチリ。身体から離すなと言っていたナイフもシッカリと持っていたし、撃退した後も、あの余裕……」
 笑いは学の肩を揺らす。彼はおかしくて笑っているのではない、嬉しくて笑っているのだ。
「その度胸……、さすがにお前は“葉山学の女”だよ。――なぁ、美春」
 キーを弾くと、美春に焦点が絞られ、彼女の表情が大きく映る。美しく凛とした態度を崩さない彼女に、学は満足げに微笑みかけた。








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