理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第11章8(学側のカラクリ)

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「須賀さんは、本当に良い仕事をしてくれる」
 満足感でいっぱいになる原因は、美春の雄姿を見た他にもある。須賀の仕事ぶりにも学は満足感を覚えずにはいられない。
 マニフィーク・ヒルの、ラグジュアリー及びハイ・ラグジュアリークラスの部屋には、防犯の意味も込めて極秘に監視カメラが取り付けられている。
 知っているのは、ホテル関係者の中でもオーナー会社や総支配人クラスの人間だけだ。宿泊客に教えられることは決してない。
 学は、その環境を利用した。
 彼が監視カメラの存在を知っていたのは、紗月姫からの情報だ。マニフィーク・ヒルの資本となるフランス企業は、裏で辻川財閥と繋がっている。

通常はもちろん稼働してはいない。万が一、犯罪や事故が起こった時にVIPを守る目的で設置されているのだ。そう考えれば、稼働しないほうがよい設備とも言えよう。
 起動や操作も、通常の管理センターではできない。オーナーの管理キーとパスワードで総支配人のみが操作可能だが、そのためだけに用意されているコンピューターも、使われないことが願われる。

 そこに、須賀が入り込んだ……。

 いつも稼働していないものが稼働すれば、管理センターに報告が行き調査の手が入る。
 だが須賀は、管理キーとパスワードを探り、管理センターへの通報経路を塞いでからシステムへと入り込んだ。
 この一連の作業を、本当に彼自身が指定した三分でやってのけたのだ。
「須賀さんは、本当の意味で天才ハッカーだよ……。敵じゃなくて良かった」
 デスクに肘をついた手で頬を支え、学は御満悦だ。
 午前中から、部屋の様子は学に筒抜け。穏やかに“親交”は進んでいるようではあったが、深刻そうな雰囲気の後に美春がパソコンへと向かった。何を見せられているのかまでは分からないのがもどかしかったが、すぐに帰って来いと言った言葉に「時間が欲しい」と言うほどのことだ。何か、余程大変なものを見せられているのだろう。
「音も聞こえたら良いのにな」
 唇の動きで大体の会話は分かるが、やはりモニター越しで細部まで察するのは難しい。無理な注文だと分かっているうえで呟き、学はパソコンの横に置かれたスマホに映る美春の笑顔を見つめた。
 部屋の様子が見られるのだから、電話をした時にスマホを手に取ったのがアランであったことを知り得たのも当然だ。
 だが、電話に出た時の間や微かな吐息で、相手が美春なのか美春ではないのか学には本当に分かる。いうなれば“匂い”というより“気配”が、彼に沁みついた彼女を感じさせるのだ。

 スマホの笑顔からモニターに映る厳しい表情に視線を移した学は、愛しげに呟いた。
「早く帰っておいで……。本物の匂いを感じたいんだから……」

 モニターの美春に後ろ髪は引かれるが、学も一日中眺めていられる立場ではない。
 回ってきている書類に目を通そうとデスクの端へ手を伸ばした時、スマホが着信を告げた。
 手に取ろうとして微かに表情を曇らせる。相手は【光野家】と出ているのだ。この時間に自宅の電話を使ってかけてくる人物など、ひとりしかいないではないか。

 一真に相談された件の答えは既に出ていた。
 この電話を終えたら、彼に連絡を取って安心させてやろう。学はそんな計画を立てながらスマホを手に取る。
「――どうしました? エリお母さん」


*****


 全てのファイルに目を通し、要点だけをチェックし終えた頃には十六時を過ぎていた。学との電話から既に一時間以上が経っている。
 じっくりと見たい部分もあるが、それをやっていたら本当に今夜は帰れなくなってしまうだろう。
(本当に丸一日使っちゃった。……会社に帰ったら、室長に謝らなくちゃ……)
 美春は秘書課室長の柵矢が専務秘書代行をしてくれたのだろうと思い込んでいるが、実際のところ、学は代行を立ててはいないのだ。
 必ず美春は戻ってくる。そう信じている彼の措置だ。美春が知ったなら豪く感動してくれることだろう。

 美春が椅子から立ち上がると、その気配に気付いたアランが書類から顔を上げる。彼に向き直り、美春は軽く頭を下げた。
「ひとまず、ひと通り見たので今日は帰ります。貴重なものを見せて頂き、有難うございました。専務と相談をして今後の対応を……」
「じっくりと見ていけばいい。その様子だと、要点をチェックしただけだろう?」
 一応儀礼的な挨拶を口にするが、素早く歩み寄って来たアランが言葉を遮った。時間の引き延ばしに美春は応じない。
「ですが、こんな時間です。……私も、会社へ戻らなくては……」
「マナブには、今夜は帰せないと言ってある。夜通し見ていったっていいんだ」
「私は専務と約束をしました。『必ず帰る』と」
「帰さない、と言ったら?」
「それでも『帰る』と、私は先程も言いましたよね?」
 美春は眉を寄せる。ひと揉めあったことでアランは美春を抱くことは諦めたが、彼女をここへ置いておこうとする気持ちは変わっていないのだ。
「ミハルは、僕とエリの関係を探りたいのではなかったのかい? 自分が本当に僕の娘なのかを知りたかったはずだ。その話もせずに、帰るのかな?」
「教えてくれるんですか?」
「一晩かけて、ゆっくり」
「――そのくらいなら、出直します」

 アランに話を聞きに行くと学を振り切った時、美春はこれ以上ないほど動揺をしていた。
 母の不貞を疑っている時に、学がグレースと男女の関係を持ってしまったのではないかと疑ってしまったからだ。
 自分を戒め、この考えが愚かなものであると思いたいがために、アランから全ての真相を聞きたかった。
 しかし時間が経つにつれ美春も落ち着き、更に電話で学と話したことによって自分を取り戻している。
 学を、そして母を信じようという気持ちが、胸の中に大きく広がっているのだ。心に余裕が戻った今、回答を急ごうとは思わなくなっていた。

「まいったね、僕は美春を帰したくはないのに。……そんなことを言ったら、マナブの弁護士が飛んでくるかな? さっき脅されたよ」
「学の弁護士は優秀ですよ? 彼が来たら、きっと五分もかからず私はここから出されるでしょう」
 アランは軽く鼻で笑うと、両手のひらを上へ向けておどけて見せる。その時、部屋に付属している電話が軽いベルの音を響かせた。近くに立っていたグレースが取るとフロントからの用件だったらしく、何故か美春をチラリと見てからアランに用件を伝える。

「アラン、ロビーにお客様ですって。――光野エリという女性だそうよ」

 美春は驚きに息を詰めた。
 何故母が、ここへアランを訪ねてきたのだろう……。








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