理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章1(立ち向かう勇気)

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「まさかエリが訪ねて来てくれるとは思わなかったよ」
 正直な感想を口に、アランはエリをメインルームへと促す。そのままソファを勧めようとしたが、彼女は一歩引いて立ち止まった。
「美春は、どこにいるの?」
「ミハル?」
「ここに来ているのでしょう? あなたが呼んだんですってね、学君に聞いたわ。何のつもりなの? どうして美春を……」
「まあ、待ってくれよ。そんなに急がないで」
 せっかちとばかりにエリを制し、アランは両手を胸の前で立てる。エリの言葉がやむと、彼は腕を組んで少々意地の悪い表情を作った。
「ミハルはここにはいない。あまりにもエリに似て可愛いから、閉じ込めてしまった」
「……どこに……」
「昔、エリを僕の手の中に閉じ込められず諦めてしまったことを、どれだけ後悔したと思う? でも、その悔しさはやっと報われるよ。――僕は、きっとミハルを手に入れられる」
「美春を、返して……」
「……嫌だ、と言ったら?」

 アランは少しエリを困らせてみたいという悪戯心を起こした。
 学から、美春がアランの元へ行ったきり長い時間戻っていないという話を聞いて驚いたエリは、もしかしたら自分がアランに頼めば、娘を返してもらえるかもしれないと思い立った。だからこそ、果敢にもひとりでやってくるなどと軽はずみな行動に出られたのだろう。
 だが、「返さない」と撥ね退けられたなら、期待をしていた分そのショックは大きいのではないか。
 願いを聞き入れてもらえず、困って拗ねるエリが見たい。――アランの思惑は、それだけだった。

 しかし彼の期待は裏切られる。
 戸惑いに下がると予想した眉はシュッと上がり、可愛らしい困惑を期待した表情は、見たこともない鋭い視線を持ってアランを睨(ね)めつけたのだ。
 そして更に、信じられないものがアランの鼻先に突きつけられた――――。

「……エリ?」
「美春を、返して」

 エリがバッグから取り出し、アランの鼻先に突きつけたのは、小振りのネオピルナイフだ。持ちやすいグリップと扱いやすさは、日本人に馴染みやすい肥後守(ひごのかみ)のフランス版といわれている。
 特殊性がある物ではない。小さな物は大介の書斎にもあれば、大きな物はガレージなどにもある。
 しかし刃物であることには変わりがない。そしてアランは、そんなものをエリが突き付けてきたこの事実が信じられない。

「――美春を、自由にして。……じゃなかったら、今すぐにあなたの高慢な高い鼻を半分にするわよ」

 到底、大人しいエリがやることではない。アランは口元を引き攣らせ、彼女の行為をせせら笑う。
「エリ……何をムキになって……」
「動かないで」
 強い口調と共に、ナイフの刃先がアランの鼻に触れた。チクリと針で刺された程度の痛みではあったが、エリに与えられたのだというショックだけで、本当に鼻を削ぎ落されたかのようだ。
 解こうとした腕を解くことも叶わず、アランはそのまま体を固めた。
「何故君が、こんなことを……」

 彼女が本気なのだと分かっても、アランには信じられないのだ。
 あの、大人しく、可憐な薔薇のような彼女が、ナイフを片手に鋭い眼光を自分に向けているなどと。

「あなたには……、家族さえも犠牲に出来るあなたには、分からないでしょう……?」
 アランを睨みつけながら、エリは心の奥底にたゆたう、絶対に揺るぎえない気持ちを口にする。

「女の子の母親はね、娘のためなら何だってできるの。……例え自分を犠牲にしたって、娘の幸せを願うものなのよ」

 ――こんなエリは、家族の誰も、大介でさえ見たことはないだろう。
 いつも笑顔と優しさで家族を守ってきたエリ。その奥に、こんなにも強い意志が隠れているなど誰が知りえただろう。


 だが今、ひとりだけ、家族で知った者がいる。
「……お母さん……、おか……」
 マジックミラーから、メインルームを覗いていた美春だ。彼女はエリの行動に驚きながらも、母の気持ちに溢れる涙を止められない。
「おか……さん……、ごめんなさい……、ごめ……」
 こんなにも想ってくれている人に、こんなにも自分の幸せを願ってくれている人に、自分は何ということをしたのだろう。美春の心は、強い後悔と罪悪感に苛まれる。
 マジックミラーに両手をつけ、アランにナイフを突き付けて美春を守ろうとする母を見つめるが、その姿は溢れ出る涙が歪ませていった。
「お母さん……」
 顔を伏せると、涙がぽたぽたと胸元を濡らした。
 そして、嗚咽に震える肩をポンッと叩き美春を力づけようとしたのは、何とグレースだったのだ。
 声をひそめて泣きじゃくる美春と、ミラーの向こうに見える光景を交互に見比べ、グレースは悲壮な思いに胸を詰まらせる。
「どうしてわたしには、アランにナイフを突き付ける勇気がなかったのかしら……」

 グレースの中に渦巻くのは、辛酸を嘗めた過去の記憶だ。
 十五歳の少女だったあの日……。
 ただ目の前のアランが怖くて。大切な家族を守りたいがために、彼に傅(かしず)くことしかできなかった。

『わたしにもナイフを突き付ける勇気があれば、……何かが変わっていたのかしら……』

 グレースの呟きは小さく、無意識のうちにフランス語で出たものではあったが、今の美春にそれを理解するだけの心の余裕はなかっただろう。
 大切なものを守るために、ただ嘆いて膝を折るのではなく、守らなくてはならないからこそ立ち向かっていく勇気があったなら……。

 堪え出る嗚咽と共に肩を揺らす美春を見つめ、グレースは悟る。
 美春の周りが、皆、大切なもののために立ち向かっていく勇気を持っている事実を。
 学も、一も、さくらも、エリも。そして、美春自身も。

 どんなに彼らの境遇を羨もうと、愛し合える気持ちに嫉妬しようと、こんな自分が彼らに敵うはずがないのだ――――。





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後書き
 こんにちは。玉紀直です。
 第12章、スタートさせて頂きます。

 シーン的には、第11章からの続きになりますね。
 こちらの問題を放置したままだったのですが、やっとこっちも解決に近付いていきます。
 緊迫したシーンとほんわりしたシーン、両方を入れて今回の第12章をお届けしたいと考えています。

 どうぞまたしばらくの間、お付き合いくださいね。

 宜しくお願い致します!
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