理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章3(あの日の真実)

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「あんな状態でパートナーの名前を呼ばれて……、僕がどんな気持ちになったか分かるかい?」
 追い詰められた精神。諦めにも似た心。失意の中でエリが求めたのは、ただひとりの愛する人だった。
 そしてその時、アランは完全な敗北を悟ったのだ。
「抱けるわけがないだろう。……けれど、ミハルが産まれたのを聞いて、エリに会いたくなった。恨まれているかと思ったのにエリは相変わらず優しくて、ミハルもとても可愛らしくて……。その時は、あの日のことを全て打ち明けて謝ろうと思った。けれどできないまま、僕はスイスへ帰った。――――君に言えなかったのを良いことに、あの日の状況を利用したんだ。……そうだよ、ミハルが、僕の子どもであるはずはない」

 身体の横でナイフをクルリと畳み、ストッパーをかけてから美春はナイフを握り締める。その手が汗ばんでいるのは、倒れてしまいそうな安堵感に襲われているからだ。
「悪かったね、ミハル。悩ませてしまって」
「いいえ……。話してくれて、有難うございます」
 悪気なく謝罪を口にするアランに、約束通り真実を話してくれた礼を言うが、美春の不安は完全になくなったわけではなかった。
 美春を手に入れる作戦のひとつとして、アランは自分が父親であるという虚言を打ち立てたのではなかったか。真実を話すには、あまりにも諦めが良すぎる。
 美春やエリの行動と母娘の絆に降参したのだと思うこともできるが、深読みをすれば、もうこの手は使わなくても良いと彼が判断したのだとも取れるのだ。

 競合各社のデーターを惜しみなく見せたアラン。そのうえで葉山側が契約相手と確定しなければ、他社と契約する胸を臭わせている。
 葉山の未来というものを美春が真剣に考えるのなら、彼女が取るべき策はひとつであると、彼は言いたいのではないのか――――。

「しかし、エリがあんなに情熱的だとは知らなかったよ。今度はその情熱に敬意を表して、真紅の薔薇を贈ろう」
「三十六本はやめてちょうだいね」
 アランの皮肉を、エリは軽く返す。彼女はいつもの穏やかな笑みを湛えて美春を見つめた。
「帰りましょう、美春。一緒に」
「……うん、お母さん……」
 不安は多々残るが、今は母と一緒に帰りたい。美春はナイフを仕舞い、ショルダーバッグを抱えるとエリの手をとった。
「帰ろう。私、専務に電話して直帰させてもらえるよう頼むわ。アイス買って帰ろうね。晩ご飯私が作るよ」
 いつも通りの美春だ。エリはその様子に涙が浮かびかけるが、大切な娘の手をギュッと握り返し、「じゃぁ、美春のカルボナーラが食べたい」と涙の代わりにリクエストを出した。

 エリと微笑みを交わして、美春はアランへ仕事用の視線を向けた。
「今日は一日潰してしまいましたので、明日はお伺い出来ないかもしれませんが、……明後日か、その次には……」
 次の訪問予定を伝える美春に、アランの態度は寛容だ。今までのいざこざなどなかったかのよう。
「ああ、待っているよ。二、三日後には、嫌でも来なくてはならないと思うしね」
 意味ありげな台詞ではある。これは、美春に“現実”を見せたうえでの余裕なのかもしれない。
 美春もそれは感じたが、気づかぬふりをしてエリと共に部屋を出た。
 
 ふたりが出ると、静まりかえった室内に、何故かアランの含み笑いが響く。
『きっと来る……。いや、君はもう、マナブの傍にはいられないはずだよ……、ミハル』

 開きっ放しにされていたクローゼットのドアが閉まる。出てきたのは、一部始終を黙って傍観していたグレースだ。彼女は勝ち誇るアランを、物言いたげに見つめた。

*****

「お母さん、フロントでタクシー頼んでくるね」
「どうして?」
「だって、じゃないと帰れないよ。近くに駅もバス停もないんだから。お母さんだってタクシーで来たんでしょう?」
 エレベーターを出てフロントへ向かおうとした美春の手を、エリはグイグイッと引っ張った。頼まなくてもいいよと言いたいのだろうが、だとしたらどうやって帰ろうというのだろう。
「要らないわよ。せっかく乗せてきてもらったんだから。ちゃんと駐車場で待たせてあるわ」
「誰に……」
 どうやらエリは誰かの車に乗ってきたようだ。この平日の午後に、いったい誰だろう。学ではないだろうし、仕事が忙しい大介でもないだろう。だとすれば……。
 相変わらず手を繋いだまま駐車場へ移動する。宿泊者以外が使用するスペースに、見覚えがありすぎる白のランサーがふたりを待っていた。
 美春とエリが繋いだ手を振りながら楽しそうに歩いてくるのを見て、運転席から姿を現したのは、もちろん一真だ。彼は美春に向かって大きく両手を振る。
「おかえりー! おねえちゃーん!」

 「お姉ちゃん」という言葉が、深く心に沁みる。おかしな出来事に傷んだ気持ちが、一真の笑顔で修正されていくようだった。
 美春はエリの手を離すと、車の前で待つ一真へ駆け寄り、飛びつくように抱きついたのだ。
「ただいまぁ! 一真ぁ!」

 ――――家族の絆が、返ってきた瞬間だった。
 





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