理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章4(笑い上戸を止める方法)

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「専務ーっ、須賀でーす、失礼致しまーす」
 いつもの調子で専務室へと入った須賀は、学が両腕を枕にデスクへ突っ伏している姿を見て目を丸くした。
(せっ、専務が、居眠り!?)
 その形は、まさしく学生時代によくお目にかかった、若しくは自分でもやっていた“机でお昼寝”のスタイルだ。いくら美春がいなくて秘書代行も立ててはいないといえ、これは大胆すぎる。もし仮に、秘書不在を知った櫻井が覗きにでも来たら……。
(光野さんが怒られるじゃないですか!)
 須賀は慌ててデスクへと駆け寄るが、よく見ると学の肩が小刻みに揺れている。そして、堪え切れず漏れてくる呼吸はどう聞いても……。
(笑ってる?)
 学の右手側に置かれたノートブックは、須賀がホテルのカメラをハッキングするために使用したものだ。相手側のセキュリティをブロックして侵入を隠しているので、それが破られてはいないか、また異常を知らせてはいないか、今日はそれを定期的にチェックするため、二時間ごとに専務室を訪れている。
「ああ、すがさんっ、……ご苦労さ……っ」
 おかしくて堪らないといった表情の学が顔を上げるが、込み上げてくる笑いは止まらないらしく、上手く言葉が続かない。
 会長から遺伝された笑い上戸の件は美春から話を聞いて知っている。どうやらそれが発動してしまったようなのだが、学は何がそんなにおかしかったのだろう。
 チラリとパソコンを覗いた須賀ではあったが、そこにあるのはアランとグレースの姿。ソファに座るアランと、その傍らに立つグレースが何か話をしている。特に笑いを誘う光景ではない。
「あの……、専務? 何がおかしい……」
「あっ、すまない……、ちょっ、待て……っ、今、止める……」
 本人は止めようとしているようだが、笑いは止まらない。須賀は腕を組んで、どうにかできないものかと考えた。
(確か光野さんが、止め方を教えてくれたことがあったような……)
 眉をひそめ眼球を上へ向けて彼は記憶を辿った。悪戯っぽい美春の笑顔が思い浮かび、回想の彼女がクスリと笑う。

 ――『あのね、背中をさすりながら、ほっぺにチュってしてあげると止まるのよ』――

(オレには無理です、こーのさんっ!)
 一瞬のうちに却下される有効方法。そもそも、この方法が通用するのは美春だけだろう。
 だが、目前で肩を揺らす学を見て、忠誠心の厚い彼は思う。
(……ホントに止まるなら)
 コソコソっと学の横へ回り、大きく息を吸ってグッと止めると、おもむろに屈み覚悟を決めた。
(スイマセン、光野さん! 専務の笑いを止めるためなので、失礼します!)
 ここで謝るのが、学にではなく美春に対してだというところが、実に彼らしい。
 更に、目の前で笑っているのが上司ではなく悠里だと思い込もうと心を決めた瞬間……。――ぴたりっと、学の笑いがやんだのだ。
「せ、専務……?」
「ん? 何、須賀さん」
「笑い、止まりました?」
「うん……、何だか……、どこかから殺気を感じてピタッと……。何だったんだろう」
 学本人は訝しげだが、須賀は苦笑いだ。
(殺気はないでしょう! 専務!)

 複雑な表情をする須賀に気づいているのかいないのか、学はおもむろに立ち上がると椅子をポンッと叩く。
「チェックに来たのでしょう? でも、もう終了で良いよ。用事は済んだ」
「もういいんですか?」
「ああ。物凄いものを見せてもらったよ。楽しくて笑いが止まらなくなったくらいだ。須賀さんにも見せてあげたかったな。感動するぞ?」
「へー、何だったんですか?」
 楽しげな雰囲気に、彼もつい笑顔になる。返ってくる答えにワクワクしながら椅子へ腰を下ろし作業に入ろうとしたが、学の自慢げな声が彼の手を止めた。
「美春女史の勇姿だよ。背後からアラン社長の首を拘束してナイフを突き付けた。大切な人を守るためにね。物凄くカッコ良かったぞ」
「えええっ!!」
 驚きのあまり叫声をあげ、須賀は一生縁がなさそうな高価な椅子から荒々しく立ち上がる。
 よりによって、提携を協議している会社の社長にナイフを突き付けたという。それも首を拘束してなど、尋常ではない。そんな話を聞かされて驚かずにいられるものか。普通なら誰しも「なんて馬鹿なことをするんだ!」と叫ぶところだ。
 だが、彼は違った。
「オレも観たかったですよ! どうして呼んでくれなかったんですか、専務!!」
「呼ぼうと思ったんだけど、すぐに社長が降参しちゃってね」
「えーっ、悔しいなぁ、どうしてチェックに来てるときじゃなかったんだろう」
 落胆のあまり、またまたガチャリと乱暴に腰を下ろした須賀は、無念の溜息をつく。そんな彼を見て、学はクスリと笑った。
「須賀さんは、驚くポイントが違うので本当に面白い。本来なら、美春の行動は非難に値するというのに」
 すると須賀は落ちていた顔を上げ、心強い笑顔を見せたのだ。
「当たり前です。光野さんは凄い女性ですよ。専務と同じ、彼女が決めたことに間違いはないって、オレ、思ってるんです。――オレは、彼女の“凄い姿”を一年前に目の前で見ていますから」

 その意味を悟り、学が頷くと、須賀はちょっと照れ臭そうに頭を掻いてから作業に入った。








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