理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章5(家族の時間)

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 作業を進める須賀の横顔を眺め、学は腕を組み、表情をほころばせる。
 ――思い起こすのは昨年、学と美春が、過去の私怨から始まったトラブルに巻き込まれた出来事。
 その時美春は、巻き添えをくった悠里を助けるため、そして須賀と悠里を危険の中から逃がすために、自分の身を投げ打った行動に出た。
 一緒にいた須賀はその姿を間近で見ている。だから彼は、女性としての美春に憧れる気持ちと、人間としての彼女を尊敬する気持ちを持っているのだ。

 学自身、自分は周囲の人間に恵まれていると思うのと同時に、それは“美春”という女性のお陰だとも思っている。彼女の人徳が、間違いなく学にも運を運んできていると感じるからだ。
(美春は、俺の女神サマだからな)

 ひとり敵地に乗り込んだ美春を気にかけ、ずっと緊張を覚えていた気持ちが、彼女を想っているだけでほわりと温かくなってくる。
 そんな中、スマホが着信を告げた。何とも可憐なオルゴールで奏でられる“カノン”は、美春のスマホから流れてくるのならば納得だが、学のスマホからだと思うと、あまりのギャップに作業中の須賀さえ手を止めそうになってしまう。
「――お疲れさま、美春」
 当然彼は、分かり切った相手の名を呼ぶ。美春がアランの元を出たのは分かっているが、自分の浮気疑惑は晴れているのだろうか。少々気にかかったが、ひとまずそれは後回しだ。
 本当ならば急いで帰って来いと言いたいところだ。一刻も早く、彼女をこの腕に抱きしめたい。自分の中の“美春不足”を、ソワソワするほどに感じてしまうのだ。
 だが彼は、その我儘を閉じ込める。
「美春、今日はそのまま帰って良いぞ。……お母さんと一緒に、家へ帰りなさい。……明日の朝、迎えに行くからな、寝坊するなよ?」

 少し戸惑い、しかし嬉しそうに「有難う学」と可愛らしい声を出す美春を感じて、学はスマホを置いた。
 今日はエリと一緒にいたいだろう。たくさん話もしたいだろうし、笑い合いたいだろう。あんなことがあった後なのだ、母親に甘えたいのではないか。学はそう考えたのだ。
 彼がベランダでの逢瀬まで我慢するのはよっぽどのことだ。その代わり、明日は今日の分を取り戻そうと硬く心に誓った。
(俺も、帰りに病院に寄って、母さんに会って行くかな……)
 美春とエリを想っていると、何となく学もさくらに会いたくなってしまった。さくらはまだ病院にいる。先週の金曜日に目覚め、今のところ異常なく寝起きをしているようだが、またいつ深い眠りに入ってしまうか分からない。
 抗体が手に入り投与されるまで、さくらは病院から出られないだろう。

(母さんが好きな和菓子屋で、葛餅でも買っていこうかな……。いや、『動いてないのに甘い物ばかり買って来て。太ったら学のせいだからね』とか、怒るかな……)
 ある意味、美春よりも手土産の注文にうるさい女性への対応を考え、学は腕を組んだまま右手を顎に当て考えこむ。
「何です? 専務。光野さんは直帰しちゃうみたいですが、何か楽しそうですよ。強がりですか?」
 作業を終えた須賀にからかわれるが、学はニヤリと笑ってそれをかわした。
「いや、楽しいんだよ。今日はね“産まれた時から好きな女性”に、会いに行くんだ」

 ちょっと甘えてみようか……などと、美春の前でも口にしにくい息子心が動く。
 とはいえ、一がいたら実行は不可能なのだが……。

*****

 その日は珍しく、夕食時のみではあったが大介まで光野家へ戻ってきた。なんでも、食事の時だけでも家へ戻ってくれと学に頼まれたらしい。
「美春が家へ帰ってきているから、学君が気を回して僕に『帰れ』って言ってきたのかもしれないな」
 疲労感が漂う様子ではあったが、いつも以上に仲の良い妻と娘を愛で、息子をいじってストレス発散をした大介は、また元気に仕事へと戻って行った。
 「順調?」と訊ねたエリに、「もちろん」と笑顔で返したところを見れば、大介の“仕事”は上手くいっているのだろう。

 エリが大介を見送っている時、美春と一真はキッチンでシンクの前に並び、洗い物をしていた。
 美春がしているピンクのエプロンは自分用に置いてあるものだが、一真がしている若草色にクローバーが付いた何とも可愛らしいエプロンが本人の“お手伝い用”であるという事実に対しては、彼らしいという他ない。
 美春が洗った物を一真が拭いていくというスタンダードなお手伝いだが、美春と一緒に何かができるという意味で、一真にとっては幼い頃から好きだったお手伝いのひとつだ。
 そんな姉弟の大切な時間に、一真は学に教えられた事実を、こっそりと美春に伝えた。

「……アランが? “乏精子症”?」
 皿をゆすぐ手を止め、美春は横に立つ一真を見る。
「うん、……午前中にあったことを学兄さんの相談したら、すぐ調べてくれたみたいなんだ。早かったよ、連絡来るの。……あの社長さん、思春期の頃からそう診断されていて、年に一度ヘルスチェックを受けさせられているんだって。……今でも、治ってはいないらしいんだけど」
 どういった症状であるのかが分かるうえ、同じ男として、一真は少々話しづらいようだ。
 簡潔にまとめるなら、性活動に問題はないものの、精液内の精子量が通常より少ない病気だ。その量によって症状のレベルも様々。
「社長さんは、無精子症に近いレベルらしくて、仮に若い頃お母さんと何かがあったとしても、お姉ちゃんの父親になれる可能性はゼロに等しいって。だから心配するなって、言われたよ」
 拭き終えた皿を横へ置き、一真は照れ笑いをしながら次の皿を要求する。意外な話に止まっていた美春の手は、慌てて動き出した。








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