理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章6(大好きな人たち)

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「それで僕、安心してさ。講義も終わったし、急いでお母さんに教えてあげようと思って電話したら、お姉ちゃんを迎えに行くから、すぐに帰ってきなさいって言われて……」
 一真の話を聞きながら、美春はグレースを思った。長いことアランの傍にいるのだから、もちろんその事実は知っているのだろう。
 知っていても、アランが美春の父親であるという虚言に手を貸したのだ。過去の出来事を利用し、そんな嘘をついてまで美春を手に入れようとしたアランを、彼女はどう思っているのだろう。
 美春には、あのふたりの間には特別な感情があるとしか思えないのだ。
(なのに、何故、秘書交換なんて、グレースさんを遠ざけることを……)
 充分にゆすがれているというのに、まだ渡してもらえない皿を美春の手から取り、一真は苦笑いをする。
「ごめんね。僕の説明じゃ分かりにくいよね。明日にでも、学兄さんにシッカリ聞いてよ。学兄さんは、お姉ちゃんへの説明もしてくれるって言っていたんだけど……。余計なことしちゃったかな?」
 美春が考え込んでしまったので、自分の説明が悪かったのではと一真は思ったのだろう。美春は慌てて首を振り、一真の肩口でシャツを掴んだ。
「ううんっ、そんなことないよ! 話してくれて有難う、一真っ」
 掴んでしまってから、自分の手が濡れていることを思い出しシャツを離すが、彼の肩口は肌が透けるほど濡れてしまった。
「わっ、ごめ……」
 思わずエプロンの裾で拭くが、急ごしらえの気休めに一真は声を立てて笑った。
「もぅ、お姉ちゃんらしいなぁ。いいよいいよ、すぐに出かけるから、晶香ちゃんに寄り掛かってもらって乾かすよ」
「え? 出かけるの?」
「だって、今日は朝しか晶香ちゃんに会ってないんだよ? 課題見て欲しいって言うからさ、ファミレスでデート」
 今夜は学が気を遣って会いに来ないと分かっている美春にとって、これは少々羨ましい話だ。御馳走さまと言わんばかりの苦笑いをして洗い物を続けようとすると、母姉思いの弟が、素敵な気遣いを口にした。
「……あとは、寝るまでお母さんとおしゃべりしてなよ。女同士、ふたりで、って、あんまりないだろう? 何だったら父さんもいないし、一緒に寝れば?」

 今日の出来事は、生まれてこれまでの絆を壊しかねない出来事だった。大きな反抗期もなく、エリと喧嘩など一度もしたことがなかった美春が、生まれて初めて母を責めた日。初めて、母を泣かせてしまった日。
 修復されたその想いをふたりで確認できるよう、一真は時間をくれたのだ。

 美春は最後の食器をシンクに放置し、一真の腕に抱きついてピッタリと肩口に凭れ掛かった。
「なーにが『晶香ちゃんに乾かしてもらうから』よっ。こんなもんはお姉ちゃんが乾かしてあげるんだからっ」
「お姉ちゃんの髪、濡れちゃうよ」
「じゃぁ、乾くまでくっつくから、嫌がるんじゃないわよ。……嫌がったら、もうアイス買ってあげないんだからね」
 寄りそう美春の体温が肩口から伝わってくる。腕に抱きつく力は強く、命令口調は涙声だった。
 一真は肩に凭れる美春の頭に自分の頭をくっつけ、同じく涙声になってしまいそうな自分を抑える。
「……お姉ちゃん、……大好きだよ」
「私のほうが一真のこと大好きよ。生意気言ってんじゃないわよ、弟のくせに」
「うん……」

 濡れたシャツはすぐに乾いた。
 しばらく渇かなかったのは、姉弟の藍色の瞳と深い蒼の瞳。

 そして、キッチンの入り口で、そんな子どもたちを見つめていた、エリの蒼い瞳だけだった。

 *****

「何を……しているんだ?」
 一の声は、少々呆気にとられている。彼にしては珍しいことだが、さくらの前となればそれほど珍しくもない。
 だが今は、ふたりきりではないのだ。何といっても……。
「シーッ、大きな声を出しちゃ駄目よ、一さん」
 人差し指を立てて一を制したさくら。彼女はベッドの中で上半身を起こし、とても嬉しそうに微笑んでいる。
 嬉しそうなのは、もちろん一が来たから……だけではない。
 一が呆気にとられた原因と、さくらが嬉しそうな原因は、彼女のすぐ傍にあるのだ。

 足音を忍ばせた一がベッドへと近付く。傍らに置かれた椅子には先客がいた。その姿を目に、一は顔をほころばせる。
「何だ? 今でもこんな子どもの頃みたいな顔して眠っているのか? ――学は」
 そこには、座ったままベッドに上半身を乗せ、伸びた右手をさくらに膝の上で握られた学が、うたた寝をしていたのだ。
「安心しているから、こんな無防備な顔になるのよ」

 学の手を握ったまま、さくらは学の髪を撫でる。
「三十分くらい前に来たの。珍しく何だかソワソワして物言いたげにしているから、ああ、甘えたいんだな、って思って」
「分かるのか? そんなこと」
「分かるわよ。何年母親やってると思っているの? 大きくなって一人前になったって、学は、私の子どもなのよ」
「まぁ、そうだが……」
 一は腕を組み、右手を顎に当てる。父息子共通の癖を目の前に、さくらはくすぐったそうに微笑んだ。

「まさか抱っこしてあげるわけにもいかないから、『疲れてるなら、少しここで寝て行きなさい』って言って、ベッドに頭を乗せさせてポンポンしてあげたのよ」
「……それで、寝たのか」
「ええ。この子、小さな頃から、眠れないって言う時もこうしてあげると絶対寝たの」
「なるほど」
 どうやらこれは、母親にだけ分かる我が子の心理らしい。一は感心気に頷くと、眠る学を覗き込んだ。
「美春ちゃんがいないからって、さくらに甘えに来たな? ……しょうがないから、今だけ貸してやる」
「やだ、一さん、学に妬かないで。学が帰ったらお膝枕してあげるから」
「おい、さくら……」
「ぅふふっ」

 一は身を乗り出してさくらに唇付けると、彼女の頭を抱き締めた。
「……“博士”が、頑張ってくれている……。もう少し、さくらも頑張ってくれ」
「……はい……」
 学の手を握ったさくらの手を、一の両手が包み込んだ

 ――――母だけではなく、父の力強い手に感動した学は、もう少しこのままでいようと空寝を続けた――――。


 “最愛”は、自分にとってひとりだけ。
 けれど、“大好きな人”を、学も美春も、たくさん持っている。








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