理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章7(美春不足の朝)

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「ちょっ、……ちょっと、まなぶっ、ちょぉっとぉっ……」
 予想はしていた。多分そういう状態になるであろうことは想像がついていた。
 何といっても昨日は、ほぼ一日中別行動だったのだ。おまけに夜のベランダデートさえもなかったのだから、翌日の学がどういうことになっているかなど、訊かなくたって見当がつく。
「ちょっ……待って……、口紅、とれるっ……」
 翌朝、出社のために迎えに来た学の車に乗り込んだ美春は、いつも通り“おはようのキス”を受け、更に「“美春不足”につき」という忠告を受けたうえで、“不足を補うための補正策”をとられた。
「取れたら塗れ。大人しくキスされていろ」
「なにそれっ。この、威張りんぼっ」
「今朝は気分が良いんだ。威張らせろ」
 相変わらず美春にしか分からない理屈を口に、学は笑顔で彼女を抱き締める。不安の通り口紅がなくなってしまいそうなキスをして、腕に唇に、存分に“美春”を吸収させた。
(でも……、何もここじゃなくても……)
 キス攻撃。もしくはそれ以上。それらは予想していたが、会社に着いてからだろうと思っていた。だが学は、光野家の門前に止めたレクサスの中でいきなり抱き締めてきたのだ。
 エリの見送りは玄関前で終わっているから良いのだが、一真はまだ家にいる。窓から学の車を見つけて出て来たなら、このベタベタした姿を見られてしまうではないか。窓がプライバシーガラス仕様になっているとはいえ、近付きさえすればまったく車内が見えないわけではないし、フロントから覗けば丸見えだ。
 「もーっ、おねーちゃんってばー、若者を煽らないでよ」とニヤニヤする一真が想像できる。

 だがそんな心配も杞憂に終わり、学は美春を抱き締めたまま、長いキスを終えハァッと満足げな息を吐いた。
「あーっ、取り敢えず、会社へ行くまでのエネルギーは補充した」
「会社までしかもたないの?」
「もたないっ。会社に着いたら仕事分もらうんだ。だから今日はデスクワークも専務室でやること。これ専務命令、分かった? 美春クン」
「わっ、パワハラっ」
「美春を傍に置いておくためなら、パワハラでもセクハラでも何だってするぞ、俺は」
 そんな冗談を宣言しながらアハハと笑う彼の腕の中で、美春は小首を傾げた。
「でも学、予想していたより機嫌が良いね。もっとプンプンしているかと思った。何か良いことでもあった?」
 すると学は、自慢げにふふんっと鼻を鳴らし美春の額をつついたのだ。
「昨夜、“生まれた時から大好きな女の人”に会ってきたんだ。その人の笑顔を見てきたから、それで気分が良い」
 考えるまでもなく、それがさくらのことであると美春はすぐに見当がついた。
 美春に会えなくても、これだけ学がご機嫌なのだ。きっとさくらの様子に異常は見られなかったのだろう。
(私も会いたかったな……)
 日曜日に会ってはいるが、またいつ眠ってしまわないとも限らない。元気でいるのなら、毎日でもそれを確認したかった。
 美春のそんな気持ちを察したのか、学は美春の頭をポンポンッと撫で、希望通りになりそうなプランを口にする。
「今日、あまり遅い残業にならないようなら帰りに寄って行こう? 昨日、葛餅を手土産に持っていったんだけど『わらび餅のほうが良かった』なんて言われちゃってね。届け直しをしなくちゃならない」
「うんっ」

 そうと決まれば、今日は仕事を張り切らなくてはならない。昨日の遅れもあるのだ、上手く調整しなくては。
(よし、櫻井係長並みに上手くやって見せるんだから)
 張り切る美春は、景気づけに自分の“良いこと”も自慢してやろうと、彼の鼻をキュッと摘まんだ。
「でもね、私も昨日、年下のすっごく可愛い男の子に『大好き』って言ってもらってご機嫌なのよー」
 もちろん学だって、それが一真のことだとすぐに分かるだろう。思った通り察しをつけたらしい彼は、何故かフロントを指差した。
「そんなことを言うのは、あいつだろ?」
「え? あい……つ……?」
 学の指先へ視線を向け、美春は赤くなって固まってしまう。
 何とそこには、車の正面に立ってフロントガラス越しに抱き合うふたりを傍観し、気まずそうに微笑む一真がいたのだ。
(い……いつからっ)
 これでは心配していた通りではないか。いつから見ていたのかより、いつから学が気づいていたのかのほうが気になる。しかも一真の存在を美春に知らせても尚、抱き締めた腕を外す気配がない。

 一真が助手席側へ歩いてくると、学は窓を下げた。“年下の可愛い男の子”の顔が見えるより先にニュッと入り込んできた手には、クマのイラストが入った可愛い紙袋がある。
「学兄さんの車がまだあるから、お母さんが、昨夜お姉ちゃんと一緒に作ったクッキー渡してきなさいって。美味しいよー、学兄さん、どうぞー」
 口調こそ爽やかではあるが、窓を開けても腕の中から放してもらえない姉を前に、彼はにやける口元を抑えようと必死だ。
「もぅ、朝から若者を煽らないでよ。御馳走さま、お姉ちゃん」
「ごっ、御馳走さまって、あのね、一真っ」
「そんなカッコで何を反論しようとしてるのさ。説得力無いよ、お姉ちゃん」
 言い訳を繰り出そうとした美春を、華麗に制する一真。
 放すどころか更に強く美春を抱き締め、学は一真の手からクッキーの袋を受け取った。
「クッキー貰って行くよ。すまないな、一真。“大好きな姉さん”、今日は帰せそうもないから」
「どうぞどうぞ。学兄さんなら許すし」

 可愛い弟は爽やかに笑って“大好きな姉”を贈呈する。物扱いされている状況に拗ねた顔を見せるものの、この穏やかな空気に、幸せのボルテージが上がり続けていることを、美春は全身で感じていた。







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