理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12章10(追い詰められる現実)

 ←第12章9(身代わりの眠り) →●『大好きなあなたの誕生日に結ぶ幸せの約束』(学バースディSS)

「葉山に頼まれてね……。ロシュティス側に動きがあったら調べて報告するように言われていたんだ。……あ、これ、有難う」
 目の前に置かれたアイスコーヒーの礼を口に、信は早速グラスを手に取った。
「そうなの? 田島君から連絡だって言うから驚いたのよ。内部の動きを探るなら、てっきり須賀さんに頼んでいるのかと……」
 学の前にもグラスを置き、彼の裏工作を何も知らなかった美春は、教えてくれなかった憤りを込めて拗ねた表情を作る。信と同じく早々にグラスを手にした学は、軽く笑って片手を顔の前で立て“ごめん”のポーズを作った。
「アラン社長は、内部でコソコソ動くより、大きなアクションでアピールをする人だからね。表立った動きを見えない内部まで探るなら、田島以外の適任者はいないだろう?」
「おおっ? オレ信用されてるな」
 信はごくごくと喉を鳴らしてグラスを空にすると、ハァッと大きな息を吐き、美春に快活な笑顔を見せた。
「美味いっ。美春さんのお手製はやっぱり美味いね。葉山がひとり占めしとくはずだよ。この一杯をもらっただけで、頑張った甲斐があったな」
「やだ田島君、褒めすぎよ」
「ホント、ホント、『お前、合格発表まで宙ぶらりんで暇なんだから、少し働け』なんて頼みかたしてきた葉山の悪口雑言に耐えただけあるよ」
「わっ、学、ひどっ」
「酷いだろー? そうやってガラスの心臓で合格発表を待ってる人間を脅すんだよ、学くんは」
 そこまでふざけた信ではあったが、学に意味ありげな失笑を向けられ、調子に乗りすぎたかと口をつぐんだ。


 病院で信からの連絡を受けた学と美春は、そのまま会社へと引き返した。
 ロシュティスが絡んだ仕事の話になるのなら、葉山邸へ来てもらうより会社のほうが資料も揃っているからだ。
 退社をしたはずのふたりが戻ってきた姿を見て、驚いたのは柳原だった。だが、目を丸くしながらも「お疲れ様です! 自分も、専務と光野さんを見習って頑張ります!」と笑顔で迎えてくれたのだ。
 エントランスでは夫婦で帰社をするところだった櫻井と冴子に出くわし、もしや何かあったのではと勘繰りかけた彼を、学は何気なくはぐらかした。「早く家へ帰って、赤ちゃんにひと息つかせてあげてください」と。
 三十四階フロアに入ると、秘書課の社員はまだ半分近くが残っていた。「あら? 光野さん、まだ残ってたの? お疲れさま」と、忙しくしながらも声をかけてくれた先輩秘書。休憩所で学と美春の姿を見つけた柵矢室長は、いそいそと寄ってきて「光野君は、この専務についていけるんだから、本当に頑張り屋さんだね」と、自分の子どもに貰ったというミルクキャンディを分けてくれた。
 同じ課の先輩や上役に貰える激励は、美春に大きなやる気をくれる。

 いつもと同じ社内であるのに、この活気が妙に深く美春の心へと響いてしまうのは、彼女の中でひとつの不安が大きくなりつつあるからだろう。

 その不安は、専務室で信が話してくれる内容を聞けば聞くほど深くなっていく。
 アランが予定外の視察を行った。それは、美春に見せたデーターにあるライバル社のうち、次点として有力視されていた企業だ。
 美春だけではなく、学も同じことを思っただろう。

 ――――これは、脅しだ。

 早く答えを出せ。条件を呑み、秘書交換を快諾すれば、契約も成立し抗体も手に入る。それなのに、何を迷っているのだ。
 葉山製薬と話を進められないのならば、他へ話を持っていく。――アランは、そう脅しをかけているのだ。

 改めて、昨日アランがあっさりと降参し、エリと共にあの場から帰してくれた意味を叩きつけられたような気がする。
 彼は、降参して解放してくれたわけではない。
 あれは、有り余る余裕からもたらされた、“情け”だ。

「田島君、今夜は涼香の所へ行かなくて大丈夫だったの?」
 空になった信のグラスを手に取り、“お代り淹れてくるね”のゼスチャーと共に問いかけると、信は得意の爽やかな笑顔の中に幸福感を投じ、愛しい人の話題を口にする。 
「うん、来る前まで一緒にいたんだよ。知らせるのも明日で良いかと思ったんだけど、実は涼ちゃんに『大変なことだと思うから、すぐ知らせに行ってあげて』って言われてね」
「涼香に?」
「葉山に言われて調べていたことではあるけど、動向次第ではもちろん美春さんにも関係してくる。『葉山くんはともかく、美春が困って泣いちゃうようなことを放っておいたらダメっ』って、怒られたんだ」

 涼香の話をする信は、見ている側が照れ臭くなってしまいそうなほど幸せな表情をしてくれる。彼の報告に考え込んでいた学も、つい「おい、葉山くんはともかくって……」と口走りながらも笑んでしまうほどだ。
 試験の結果が出るのは、来週の月曜日。
 合格がほぼ間違いのない彼は、合格発表を見た後、弁護士協会への登録を済ませ、その足ですぐに涼香と入籍をする予定だ。
 念願の“その日”が近付いているのだから、笑顔からこの上ない幸せが零れてくるのは当たり前だろう。

 美春は信の向かい側に座る学へ、チラリと視線を配した。
 笑って話には加わるものの、すぐに何か考え込んでしまう。何を考えているのか見当がつくだけに、美春は胸が痛い。

「ねぇ、田島君、わらび餅食べる?」
「わらび餅?」
「うん、実はお土産で買ったんだけど、その相手が食べられなくなっちゃったから持って帰って来たの。とっても美味しい和菓子屋さんのだから、よかったら食べない?」
「うん、じゃぁ食べる。あ、ごめんね、気を遣わせて」
「そんなことないわよ、気にしないで。……学も、食べるでしょう?」
 明るい口調で学へ話を振ると、彼は考え事から解放され「ああ」と笑顔を見せてくれた。
 だが、またすぐに表情が曇る。流れ込んできそうな学の切なさを感じて美春も苦しくなってくるが、それを表に出さぬよう明るく振る舞った。
「どうせなら温かいお茶を淹れるわね。和食器も借りたいし、フロアの給湯室に行ってくるわ」
 専務室付属の給湯室でも用は足りただろう。しかし美春は、敢えてそう告げて専務室を出た。

 部屋を出たドアの前で、美春は崩れ落ちてしまいそうな身体を自制心で支え、下唇を噛んだ。
(悔しい……)
 どう足掻いても、アランの思惑から逃れることはできないのだ。
 それは既に、美春が彼の元へ行くか、行かないか、そんな問題ではない。
 葉山製薬の、存亡にかかわる問題にすり替わってしまっている。

 一族代々受け継がれてきた葉山製薬。
 安定した老舗大企業は一の代で大きな躍進を見せ、学の代では更なる脅威になると、ビジネス界では囁かれ続けていた。
 そしてそれは、間違いがないはずだったのだ。

 だが、もしかしたら、その流れは変わってしまうかもしれない。
 ロシュティスが葉山を見限り、そのまま日本企業自体を捨てるのではなくライバル会社と手を組んだなら、葉山は間違いなく追い詰められていく。
 そしてその事実に、学も気づいているのだ。
 彼が考え込む姿を思い、刺すように痛み続ける胸を、美春は鷲掴んで息をつめた。
「……学……」

 この会社を守りたい。
 そして、学の立場を守りたい。彼の力になりたい。
 そのためには……。

 ――――答えは、ひとつしかないではないか……。

 身代わりになってしまったさくら。事情を知りながらも、ひと言も美春を責めない一。
 活き活きと仕事をする活気溢れる社内の光景が次々に思い出され、それが壊れていくかもしれない現実に、美春はもう心が押し潰されてしまいそうだ。

 自分の決断ひとつで、全ては守られる。
 全ては、契約の中で保護されるのだ。

「私が……」
 簡単なことだ。
 たったひとこと、美春の口から告げれば良い。
「アランの……」
 “秘書交換に応じる”と、たったひとこと……。

 耳の奥に、アランの笑い声が響いてくる気がして、美春は肩を竦め両手で耳を覆った。


 ――――もう逃げられないところまで事態は追い詰められているのだと、美春は改めて、思い知らされたのだ……。







人気ブログランキングへ

**********
後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第12章、今回でラストになります。

 家族の絆の危機から脱し、幸せは取り戻されたはずでした。
 けれどそれは、上辺だけの穏やかさであり、根底にある一番大切な件は解決されていません。
 アランの計画は、彼の思惑通りに進み続けているのですから。

 追い詰められていく現実。
 全てを守るために、自分がしなくてはならないことに覚悟を決め始める美春。
 この状況に、学はどう動くのでしょう。

 第13章も、どうぞお付き合いくださいね。

 宜しくお願い致します。





もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第12章9(身代わりの眠り)】へ  【●『大好きなあなたの誕生日に結ぶ幸せの約束』(学バースディSS)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第12章9(身代わりの眠り)】へ
  • 【●『大好きなあなたの誕生日に結ぶ幸せの約束』(学バースディSS)】へ