理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第13章1(不機嫌な天使)

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「ロシュティスが、動いた……」
 不快の陰を孕んだ聡明な瞳は、禍々しい未来を懸念しその輝きを翳らせた。
「やはり……、葉山を追い詰める策に出たのね」
 呟きはバルコニーから宙を舞い消えていく。夏の夜風は彼女の漆黒の黒髪をふわりと揺らし、夏物のネグリジェ一枚で佇むその姿を案じるように、薄い布の裾を揺らした。
 だが心配はいらない。風達の心配を代弁するかのように、彼女の肩からショールがかけられたのだから。
「いくら夏でも、そんなお姿で夜風に当たってはいけません。お部屋へお入りください、お嬢様」
 バルコニーに置かれた照明が、夜闇の中でグレーの瞳を浮かび上がらせる。肩にかけられたショールの上にある彼の手に自分の手を重ね、紗月姫は天使の微笑みを浮かべた。
「有難う、神藤」
 就寝前のひと時。薄着でバルコニーへ出てしまった主人の紗月姫を案じた神藤ではあったが、彼に向けられた頬笑みは、すぐに譴責の様相を形作った。
「何故、情報がこんなに遅れたの? 田島の御長子も同時に動いていたのだから、間違いなく遅れをとったわ。今頃、学さんや美春さんもこの事実を知ったことでしょう」

 ロシュティス側、アランの動きは、紗月姫のほうでもリサーチされていたものだ。
 アランが葉山製薬のライバル企業を視察対象にしたという話は、まだ公にはされていない事実だ。
 信がいち早くその情報をキャッチし、紗月姫がその後に続いた。
 本来ならば順序は逆でしかるべきであり、天下の辻川紗月姫が遅れをとったなどあってはならないことだ。

「視察を受けた企業側が洩らさない限り、公になるかならないかは微妙なところだけれど、明日になれば、葉山側の一部はこの事実を知ることになるでしょうね」
「優秀な“諜報部員”がいますからね」
 神藤が褒め言葉として諜報部員扱いをしたのは、彼のお気に入りにもなっている須賀のことだ。
 明日にも、須賀はこの情報を拾うだろう。いや、もしかしたら既に拾ってしまっているのかもしれない。彼から学へ渡った時点でこの情報が止まるのなら幸いではあるが、もしも別ルートから洩れたなら……。
「話が上層部へ広がれば、状況は穏やかではなくなるわ。葉山だけを視察対象としていたはずのロシュティスが、よりによってライバル企業を視察視野に入れ始めたということは、葉山側との契約は破たんを疑われ……」
 肩で重ねた神藤の手をキュッと握り、紗月姫は有り得ない言葉を口にする。
「葉山専務は、責任を問われることになる……」

 この提携契約がどれだけ大きなプロジェクトであったか、上層部ならずとも知っている事実だ。
 開発研究面を考えるのなら、葉山製薬の未来を左右するといっても過言ではないのだから。

「美春さん、おかしなことを考えなければ良いのだけれど……」
 抗体と契約の条件が、友好のためという大義名分の元に提示された“秘書交換”であることを紗月姫も知っている。
 学にとって大変な状況ではあるが、これは美春にとっても一大事だ。だからこそ紗月姫は、注意深く諜報を続けていたのだ。
 できれば信が知る前に情報を掴み、そこで止めたかった。学には知らせても、美春には知らせたくはなかったのだ。
 それはこの先、美春が何を考えてしまうか、紗月姫には見当がついたからだ。

 そう思うと。遅れをとったことが口惜しい。
 紗月姫はこの件に関する責任者に対し厳しい目を向けた。
「何故遅れをとったのかしら? いつもの神藤らしくないわ。どこかで居眠りでもしていた?」
 責めを受けた責任者は紗月姫の肩から手を離し、いつものように彼女の前で跪く。右手を胸に、頭を下げた。
「申し訳ありません。お嬢様」
 顔が上がり、グレーの瞳が紗月姫を見つめる。その双眸は幸せに和んでいた。
「私がミスを犯しましたその時間、私は温室におりました。藤棚の跡地でうたた寝をしてしまった愛しい天使を、ずっと腕に抱いていたのです。その時間があまりにも幸せで、つい私もウトウトとしてしまいました」

 神藤を見つめていた紗月姫の表情が、徐々に気まずいものに変わり、その頬がほんわりと染まっていく。
 昼下がりの温室で、彼の胸に凭れうたた寝をしてしまったことを思い出したのだ。
 これでは、責めたくても責められないではないか。

 戸惑う紗月姫を見られるのは神藤の特権。彼はクスリと笑むと、立ち上がり彼女の顔を覗き込んだ。
「――だから、“神藤”を許してくれるかい? 紗月姫。もちろん、名誉挽回はさせてもらうよ」
 口調が、婚約者である“煌”に変わる。どうやら“神藤”の勤務時間である二十二時は過ぎたらしい。紗月姫は腕を組み、プイッと横を向いた。
「……煌が言うなら、許してあげるわ」
 あの時間は、紗月姫にとっても至福の時だった。それを否定することはできない。“神藤”が名誉挽回をするというのなら、紗月姫も手を出したいところだ。
「ねぇ、煌。……私はまだ、この件に対して手を出してはいけないのかしら?」

 紗月姫の質問に、煌は刹那、首を傾げるが、すぐにその意味を悟り彼女の肩を抱いた。
 辻川財閥の次期総帥として、紗月姫が力になれることは多くあるのだ。その気になれば、アランを通さなくとも葉山とロシュティスを契約させる算段を組むこともできたし、どんな口添えだってできた立場だ。
 だが学は、これは自分の仕事だからと、それらを一切断っていたのだ。
「学さんは、何でもできる人だわ。そして、完璧に全てをやり遂げたい人。けれど、“やり遂げるための”手助けをすることくらいは、私にだって許されるわよね?」
 煌は彼女の肩を抱いた手で、ポンポンッと肩を叩き、紗月姫の希望を引き出した。
「“神藤”に、やって欲しいことはあるかい? 大切な、従兄様のために」

 紗月姫は人差し指を唇に当て、瞳を宙に飛ばす。目を大きくして考える表情は、いつも凛とした彼女にしては、あまりにも可愛らしい雰囲気だ。
 煌の愛しげな瞳に見つめられ、その可愛らしい唇は、あまり可愛らしくない要求を出した。
「そうねぇ……、思い切って、ロケットランチャーでも用意してもらおうかしら。“学お兄様”のために」

 ――――果たしてこれは、冗談か、本気か。







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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第13章、スタートします。

 スタート時期が曖昧なままで申し訳ありませんでした。
 活動報告にも書かせて頂いていましたが、第13章は不定期更新になります。
 私のほうの調整がつき次第、章ごとの毎日更新に戻していきたいと思っていますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 ひさびさの主従カップルです
 ……主従、っていうのも、どうかな? って雰囲気になってきちゃってますけど。(笑)
 最近出番がなかったので、ちょっと張り切ってだしちゃいました。

 第12章のラストで明らかになった出来事は、思う以上に大きな事態を想定させます。
 学の大事、そして、美春の一大事。
 お嬢が取る策とは、何なのでしょう。

 第13章、“運命の10日間”の後半の5日間が始まります。
 どうぞ宜しくお願い致します。





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