理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第13章3(愛情と感傷と)

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 極秘情報を夜中に拾ったのは、もちろん須賀だ。
 早朝、学に連絡を入れた彼ではあったが、本来ならばそこで止まるはずだった話は、ライバル社が昨夜の騒ぎから既に情報が漏れていると察し、早々に社内告知を行ってしまったことで広まった。
 その情報は、取引先伝いで葉山側にも入り、上層部ならずとも社員のほとんどが半日で知るところとなってしまったのだ。
 本社ビル内だけでも何千人といるのだから、反応は様々だ。
 重要性を認識している者は“一大事”ととるが、“人の仕事”程度に軽く捉え、さほど興味のない者もいる。

 それでも、会社の未来を左右し得る事態である旨を知っている美春としては、やり切れない思いに押し潰されてしまいそうだ。

「だからさぁ、駄目だったんだろ? 若専務じゃ」
 そんな声が耳に入ったのは、“社レス”とも呼ばれる社員食堂がある階でエレベーターを降りた時だった。
「仕事ができる人っていう評判だったけど、所詮は大学出たての坊ちゃんだろう? それがいきなり役付き入社で、デッカイ仕事も任されて、って……、どんだけ大者なんだよ、って思うだろ?」
「でも、業績見たって仕事ができる人なのは確かだろ? “あの”社長の息子なんだし」
「分かるけど、買いかぶりすぎだって。考えてみろよ、あんな若僧に会社の未来が託されてるって、危ないだろう」
 話をしているのは、中間管理職クラスの男性社員ふたり組だ。フロアの自動販売機前でひと休みの最中なのだろう。午前中から広まりつつあるロシュティスとライバル会社の話題に掛け合わせた話なのだろうと察しはついたが、美春はすぐに耳をそむけその場を後にした。
 誰もが学の才能を理解してくれているわけではない。
 入社当時は、彼の若さと役付き入社をせせら笑う層から、「若専務」を「馬鹿専務」などと言い替えられ、陰口をたたかれたものだ。
 ロシュティスの件は、無知識のままに学を嘲る層をも改心させ、全ての人間に彼を専務として、この会社の、そして葉山グループの跡取りとして認めさせることができる、最適にして最高のプロジェクトだった。

 だからこそ、学も頑張ってきた。
 彼を認め跡取りとしての教育を施してくれた尊敬する父の為に、陰で支えてくれた母の為に、そして、何をおいても、美春の為に。
 誰もが認める、完璧な男になると。

 全てを成し遂げたら、結婚しようと決めていたのに――――。

「学……」
 美春の胸がズキリと痛んだ。
 彼がやってきたことを、人知れず苦労してきたことや時に傷ついてきたことを、態度に出さない心の内も、全てを知っているのは美春だけだ。
 知っているからこそ、この仕事を成功させたいと思う。
 どんなことをしても、学の力になりたいと……。
 ――だが、そのためには……。

 苦しい現実を前に崩れてしまいそうな身体を騙し、美春はただ、気力だけで立っていることしかできない……。

*****

 眉を寄せ、須臾にして学の手はその動きを止めた。
 どうかしていると思う。こんなことはあり得ないとさえ。
 直前のミスに気づくのは、これで何度目だろう。幸い、打ち込む前にミス回路は頭の中で修正されていく。直接的なミスには繋がらないが、それでも、こんなに何回も続いたことはない。
 自分の精神状態が、いつもとどこか違うのだというのは、学も自己認識ができていた。
「こんなことで……」
 大きく吐息し背凭れに寄り掛かる。落ち着くために瞼を閉じ、彼は目の前にある仕事を一度クローズさせた。
 広まっていく社内の噂や動揺を、彼だって知らないわけではない。
 まだ結果は出ていないのだから、余計な声明は出せないだろう。下手に沈静化を図ろうとすれば、この段階で発言があるのはおかしいと、逆に不安を煽ってしまうだけだ。

 沈思黙考する学の耳に、ノックも声もなく開閉するドアの音だけが入り込んだ。
 悪戯にこんな入室の仕方をするのはひとりしかいない。彼は瞼を閉じたまま口元に笑みを浮かべる。
「美春、どうしたんだ?」
 何も言わずにコッソリと入ってくるのは、何かを企んでいるからだ。どんな悪戯をしてくれるのだろうと楽しみに、静かに目を開いた彼の前にあったのは、チェック模様の布巾がかけられたお皿だった。
「はい、どうぞ」
 にこやかな声と共に、美春が布巾を摘まみ上げる。そこに乗っていたのは、商品用ラップフィルムに包まれた二個のおにぎりだ。
「……おにぎり?」
「うん、学、朝御飯ほとんど食べないで会社に来たし、お昼も、仕事しながらコーヒー飲んでただけだったから、お腹空いてないかなと思って。今、社食に行って作らせてもらってきたの」
「ん? 美春が作ってくれたのか?」
「当たり前でしょう。美味しいよ、食べてよね」
 美春も食欲はなかったので朝昼ともさほど食べてはいないが、学はほぼ何も食べてはいない状態だった。だからといって、現状と学の気持ちを考えれば、無理矢理「食べろ」と言うわけにもいかず、美春は放っておくしかなかった。
 だがそろそろお茶の時間。彼をひと休みさせることを考慮して、室長室の帰りに社食へ寄り、作らせてもらったのだ。

 愛しの美春、手造りのおにぎりだ。
 これはどんなに食欲がなくても、学としては身体に取り込みたいところだろう。






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