理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第13章6(崖っぷちの対応策)

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『あと十分もしないうちに到着するわ。出迎えは不要よ。エントランスのガードマンか、受付に話を通しておいてもらえれば、そのまま専務室へ迎えに行くわ。O.K.ね? ミハル?』

 O.K.もNO.もない。
 美春の返事など、待つ気も聞く気もない。
 一方的に決めつけて、グレースの電話は切れてしまったのだ。
 例えNO.と言っても、その意向は汲み取られることはなかったのだろう。視察企業の件を臭わせている段階で、美春の立場を追い詰めにかかっているのは明白だ。
 アラン側の目的は、美春を迎えに来ることだけではない。ライバル企業への視察が公になっていると確認したうえで、学側がどんな反応を示しているのか、それを探りたいのだ。

 通話が切れたスマホを抱きしめ、美春は立ち竦んだ。
 今の状態で来社されるのは非常に都合が悪い。不安を煽る悪い意味で話題になってしまっているロシュティスが来社したとなれば、いよいよ交渉決裂なのかと誤った思惑が飛び交いかねない。
 来てしまうのは止められないが、せめて、そんな混乱を社内に持ち込まない方法を取らなければ。
「迎えに出よう」
 いつの間にか目の前に立っていた学に肩をポンッと叩かれ、美春はハッと顔を上げた。
「エントランスまで……、いや、ビルの入口まで、迎えに出よう。そこで、アラン社長の足を止める」
「……専務」
 我ながら酷く情けない顔をしてしまっているような気がした。不安な面持ちを隠せない美春に、学は厳粛な口調で告げる。
「美春は俺の秘書だ。秘書の行動は俺が決める。今日は、単独行動をさせるつもりはない。これから客が来る予定もあるんだ」
 見開かれ潤みかかった藍色の瞳を見つめながら、学は彼女が握り締めているスマホを取り、自分のデスクへ置いた。
「ここに置いておけ。……どこへも行かないのだから、持って歩く必要はない」

 例えアランが迎えに来ても、学は美春を行かせる気などないのだ。ライバル社視察の陰を臭わされたとしても、数分話をするだけだと言われたとしても、美春を手元から離す気など微塵もない。
 僅かでも混乱を起こさないためには、アラン側が来社した事実を内密に処理すればよい。
 専務室まで足を運ばせる必要などないのだ。ビル内に入る手前で迎え出て、その足を止めさせれば良いだけの話なのだから。
 学のそんな思惑に、いち早く気づいたのは櫻井だ。彼は「会長に報告をしてきます」と告げ、足早に専務室を出ていった。
「ほら、いつまでもそんな顔をするな。行くぞ」
 放っておいたら泣き出してしまいそうな瞳に学の微笑みが映る。背を叩かれ小さく頷くと、踵を返して彼の背中を追った。
「あの……、学……」
 上司として、婚約者として、学は美春を守ろうとしている。その礼を口にしようとした美春は、彼に手を伸ばした。
 グレースの電話が突然だったとはいえ、動揺しすぎてしまった気もするのだ。立場的に学も辛い時であるというのに、その彼に更なる気遣いを強いてしまったようなものではないか。
(いけない……。気をシッカリと持たなくちゃ……)
 学へと伸ばした指先が、彼の手に触れる。礼を言ういっとき握り締めようとした手は、目的を遂げることなく動きを止めた。
(汗……?)
 指先が学から感じ取ったのは、彼の手の冷たさと、しっとりと湿った手のひら。
 滅多に見られる反応ではない。体温が引いて冷たくなった手、それなのに手のひらがしっとりとしているのは、冷や汗を握った証拠。
(学が、緊張をしてる?)

 顔には全く出てはいないが、手の様子から学がとんでもなく緊張を覚えているのが分かった。
 他人に見せない緊張を、学は美春にのみ晒す男だ。しかし今は、そんな気持ちを美春にさえ隠そうとしている。
 自分のために感情の隠ぺいを図ろうとしている彼を感じ取り、その気持ちが深く美春の心に突き刺さった。

(学……、ごめんなさい……)

 彼のためになりたいと思っているのに。彼の力になりたいと思っているのに。
 なのに、結果的には学を更に苦しめている。
 美春は何度も、分かり切った答えが用意されている問いを心の中で繰り返す。

 どうしたらいい。
 どうしたら、彼を苦しませずに済む。

 *****

「雨が降りそうね……」
 不安げな呟きを耳に、信はチラリと助手席へ視線を流した。状況的に可能なら、抱き寄せてどんな心配も癒してあげたい。
 だが、“運転中”という彼の現状が、それを許してくれそうにもなかった。
「身体、ダルイかい? 天気が悪いから“姫”が拗ねているのかな?」
 気遣いを見せながらも僅かに茶化してくる信の言葉に笑みを浮かべ、涼香は機嫌の悪い空からご機嫌な婚約者へ視線を移した。
「ううん、大丈夫よ。お天気のせいでお腹はちょっと重いけど、久し振りに美春に会えるのかと思うと気持ちは軽いわ」
 控え目な膨らみを思わせる腹部をマタニティワンピースの上から優しく撫で、涼香は心から嬉しそうに笑う。
 最近信が頻繁に葉山製薬へ行っているのだと知った涼香は、“仕事”なのだと分かってはいても、不満を漏らさずにはいられなかった。
 「信ちゃんばっかり、美春に会ってズルイ」と。もちろんわざと拗ねて見せているだけだし、信は美春に会いに行っているわけではないことも分かっている。しかし、会社へ学を訪ねていくということは、必然的に美春にも会うということだ。
 時々しか彼女に会えない立場の涼香としては、不服も出るというものだろう。

 今日も信が学に呼ばれているのだと知った涼香がとった行動は、ただひとつだ。
「私も行きたい。邪魔しないから」
 大切な仕事が最終段階に入っているという話は聞いている。その件で信が呼ばれていることも分かっている。
 仕事の邪魔をする気はない。涼香としては純粋に、大好きな親友の顔を見たい、それだけの気持ちだったのだ。

 嵐でも来そうな重苦しい空。
 そのせいか、少々身体はだるかった。お腹の子どもも、悪天を拗ねるかのように腹部へ鈍痛を与えてくる。
 けれどきっと、美春の顔を見ればそんな重い気分も晴れるだろう。
 大好きな親友に会えるのを心から待ち望んだ涼香を乗せ、信のインプレッサは葉山製薬本社ビルへと向かっていた。






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