理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第13章7(悪魔の迎えと神様の制止)

 ←第13章6(崖っぷちの対応策) →第13章8(アステカの生贄)

「ここで待ってて、車、置いてくるから」
 ビル正面の角で涼香を降ろし、信は裏手にある来客用の駐車場へ向かった。
 一緒に駐車場まで行ってしまうと、ビルへ入るために正面入り口まで戻る距離を涼香に歩かせることになる。天気が良く体調も気にはならない時なら「涼ちゃん、運動だよ。動かなきゃ太るよ」などとからかいもできるが、今日は天候が思わしくないうえに本人の体調も良さそうではない。
 本音を言えば、今日は涼香を連れてきたくはなかった。学と話す予定にしている事柄も、ロシュティスの件なのだ。
 契約が決裂した場合、本来ならばもらえるべきクライン・レビンの抗体は手に入らない。だがそれは、信に言わせればおかしな話だ。さくらが奇病を発症したのは、間違いなくアランが原因なのだから。
 抗体を“法の力”で提供させることは可能だ。その前準備として、信は既に国際弁護士である祖父に手を回した。
(葉山に、泣き寝入りなんか絶対にさせないからな)
 それは、代々の葉山の当主に付き、顧問弁護士としての地位を維持し続けている田島一族の遺伝子に組み込まれた、強い想いだと言って良いだろう。

 普段ならばともかく、今はあまり涼香の前で生臭い話はしたくない。
 迷いつつも彼女を連れてきたのは、今回の件で大きなショックを受けているであろう美春が、涼香と会うことで少しでも安らいでくれたらという希望だ。
 そしてまた涼香も、美春が大仕事の詰めであることを知っているあまり、「美春は大丈夫だろうか」と案じてばかりいる。そんなに毎日ソワソワしていたら、お腹の赤ん坊も不安になってしまうではないか。
 気を揉む同士が、お互いを確認して癒し合ってくれたなら、それに越したことはない。いや、そうであって欲しいという願いがあった。
 学には涼香を連れて行く旨を伝えてあるが、美春には秘密になっている。「わぁ、どうしたの?」と驚きつつも、彼女が喜びの笑顔をみせてくれると、学も信も期待をしているのだ。

 男同士の思惑を知らされることなく、信が駐車場から戻るのをビルの一角で待つ涼香は、どことなくいつもと違う会社の雰囲気に首を傾げる。
 ビルに出入りする人の陰がなく、いつもの活気が感じられなかったのだ。
「ああ、お盆休みか……」
 ローテーションでとられる夏季休暇だが、今は大部分の社員が休みを取っている期間だ。関係企業も休みなのだから、人の出入りがないのは当たり前だろう。
 美春もこの大きな仕事が終われば、夏期休暇を取り、学と旅行へ行くのだと話していた。早くその日が来ればいいのにと、涼香の唇は笑みを作る。

 ビル前の車用通路に、一台のタクシーが入ってきた。
 ゆっくりとスピードを落としながらビル正面へ向かっていく姿を、涼香は何げなく目で追う。
 会社関係の人間なら社用車や自家用車で来るのではないかと考えると、こんな時期に一般の人間が訪れるのは珍しいのではないだろうか。社員の家族か関係者なのだろうか。
 詮索しつつ眺めていた涼香だが、正面入り口からそのタクシーを迎えに出て来た人物たちを見て、目を丸くした。
「……葉山くんと……、美春?」

 *****

 タクシーから降りようとした瞬間、正面入り口から出てきた学と美春の姿を目にして、アランは驚きの声をあげる。
「出迎えはいらないと言ったのに。もしかして、迎えに来る僕を待っていてくれたのかな?」
 学の横に立つ美春に笑いかけ好意的な態度を示すが、彼はすぐに苦々しく表情を変えた。
「火曜は来られないと言っていたけれど、今日は連絡をくれるだろうと思っていたんだよ? しかし昼を過ぎても何の音沙汰もないから、我慢しきれなくて迎えに来てしまった」
「すみません……、なかなか仕事の都合が……」
 月曜日の騒動の後、美春はまた来ると約束をしていた。ライバル企業の視察などという情報が入らなければ今日にでも須賀を引き連れて訊ねて行ったかもしれないが、朝からそれどころではなかったのだ。
「美春とは、話したいことが沢山あるんだ。まぁ、連絡を入れた時にグレースから聞いているとは思うけどね」
 思わせぶりな言葉に、美春は唇を結び、アランの背後に立つグレースへ視線を流す。すぐに話が付いて美春を連れていけるだろうと読んでいるのか、彼女はタクシーをその場に待たせ、開いた後部座席のドアに手をかけたままだ。美春へ投げる視線はいつも通り無感情で、美人なのにもったいないと言わしめるポーカーフェイス。

 タクシーを降りた時から美春だけをブラウンの瞳に閉じ込め、傍らの学も、数歩下がった位置に立つ須賀や柳原も眼中には入れていなかったアランだが、彼はここにきてやって学へ声をかけた。
「僕がミハルを連れて行くので、代わりにグレースを置いていっても良いが、どうする? 秘書がいないと困るだろう?」
「いいえ、結構ですよ。私に彼女は必要ありません」
「そうか。……これはもしかして、グレースは嫌われてしまったのかな?」
 突き放すかのような学の口調に、アランは笑声をあげる。彼の背後で微かな苦笑いを見せたグレースを視界に捉えたのは、学だけだろう。
「まぁ、要らないなら要らないで、それはどうでもいいんだ。さぁ、行こう、ミハル。君とはゆっくり話がしたい」
「あの……、私は」
 腕を引かれ身体が傾ぐ。しかし、美春の腕を掴むアランの手を、学が素早く押さえた。
「待ってください、社長」
 怜悧な瞳がアランを見据える。アランがピクリと頬を歪め眉をひそめたのは、決して掴まれた腕に籠る力が遺恨を思わせるほどに強かったからだけではない。
「美春を行かせるわけにはいきません。御指定くださったお話には大いに興味を引かれますが、そのために彼女を、アステカの生贄にするわけにはいかない」

 見たいものだけを追い求め捉えていたアランの瞳が、ようやく学を凝視する。
 彼の双眸は一瞬にして怒りを湛えたかのように見えた。しかしその憤りは、すぐに大きな哀れみへと変わったのだ。
「アステカの生贄か……」
 その言葉の裏に隠れた意味を悟り、生まれる哀れみは、彼の中でどんどん葉山学という男を蔑んでいく。
「哀れだよ、マナブ。君はまだ、こんな状態になっても、“神様”でいようとするんだな……」






人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第13章6(崖っぷちの対応策)】へ  【第13章8(アステカの生贄)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第13章6(崖っぷちの対応策)】へ
  • 【第13章8(アステカの生贄)】へ