「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使・企画SS集

●『天使が風を紡ぐ日』・2(2013紗月姫&神藤バースディSS)

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(お寂しいのだ……)
 思えば紗月姫は、今日の朝からどこかソワソワして機嫌が悪かった。
 今だって、本来ならばヴァイオリンのレッスンの時間なのだ。
 いつもなら先生をエントラスホールまで出迎えるというのに、今日は部屋に籠り、「レッスンなんてしたくない!」と駄々をこねている。
 ヴァイオリンの講師は母親の親友だ。そのせいもあるのか紗月姫はとても懐いている。なのに今日のこの態度はどうしたものだろうかと、神藤を始めとした他九人のお付きたちも首を傾げていたところだったのだ。
 だが、やっと神藤がその原因に気づいた。
 誕生日までに帰ってこられない両親を思い、紗月姫が寂しがっているのだということに。

 どんなに賢くても、紗月姫はまだ四歳。
 立場上、いつでも両親の傍で育てられてきたわけではない彼女だが、両親は紗月姫を溺愛し、紗月姫も両親が大好きだ。
 誕生日は特別な日。小さな子どもであれば尚更だろう。そんな日に大好きな両親がいないのに、寂しくないはずがないではないか。

 他人の前では、決して寂しいなどという態度を見せたり、口に出したりなどはしない。
 だが、赤ん坊の頃から両親よりも一緒にいる時間が多く、心を許している神藤の前でだけは、正直な気持ちをチラリと見せてくれる。
 それなので神藤も、紗月姫の気持ちを察しやすいのだ。
 この場合は「元気を出してください」と慰め癒すのが、彼がとるべき態度だろう。だが、何たることか彼は紗月姫の前へと跪き、顔を伏せ気味に、沈痛な思いを口にしたのだ。

「――申し訳ございません……。お嬢様」

 我儘半分、きっと神藤が笑って慰めてくれるだろうという期待半分で拗ねていた紗月姫は、彼の様子に目を瞠る。
「こんなにも、お寂しい思いをなさっておいでだというのに、そんなお心にも気付けず、無神経にも意見までしてしまいました神藤を、どうか、お許しください……」
「しっ……神藤……」
 予想外の展開に、紗月姫は組んでいた腕を解き小さな体をたじろがせる。「我儘を言ってはいけませんよ」神藤はきっと、ちょっと怒った表情をして嗜めてくるだろう、そう予測していたからだ。

 神藤は彼女を喜ばせるために携えていたドレスを胸に抱き、悲しげに眉を寄せる。今にも泣いてしまわんばかりの表情は、紗月姫でさえ見たことがないものだった。
「お嬢様の、お辛くお寂しい心中も、全て理解して差し上げたいと日々考えているというのに、今回の件に関して、神藤は、ただ『寂しいのだ』という漠然とした感情でしかお嬢様のお気持ちを捉えられないのです。どういうふうに寂しく、それはどんな辛さなのだろう、そんな感情が実感できない。……お嬢様のお気持ちを、この身体で察することができないのです。申し訳ありません」

 主人の傷みを、従者として自分の傷みのように捉えられない。
 それを彼は、悲しみ恥じているのだ。
 だが紗月姫は、とあることに気づきハッと瞠目した。
 ――――神藤には、“親”がいない……。

 親も分からず、裏世界に潜む組織の中で育った神藤。彼が紗月姫に出会い、彼女の従者となったのは四年前、十二歳の時だ。
 そんな神藤に、大切なイベント時に親がいない寂しさを分かれというのは、酷な話ではないのか。
 だが彼は、それを“分かるはずがない”では片付けず、“分からなくて申し訳ない”と自分を責める。
 紗月姫の全てを理解し、全身全霊で尽くし守ることが、神藤の使命であるからだ。

「……神藤に……誕生日はなかったの?」
 今更な質問だとは思いながらも、紗月姫は俯く彼に問いかける。その口調が静かなものに変わったせいだろう、神藤は心痛な面持ちで紗月姫を仰いだ。
 彼が答える前に、彼女の質問は重ねられる。「なかった」と答えが返ってくることが分かっているからだ。
「いつ……、生まれたかくらいは、分からないの……?」







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