「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使・企画SS集

●『天使が風を紡ぐ日』・3(2013紗月姫&神藤バースディSS)

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「春か……、初夏の頃ではないかという話は聞いております……。私が育てられた場所に連れてこられたのは夏だということでしたので、私は、夏になると自動的に年齢をカウントされておりました……」
 いささか思い出したくはない過去を、彼は記憶の底から引き出してさらけ出す。
 紗月姫に隠し事などできない。それ以前に、彼に隠し事をするつもりはない。

 憂う彼を、聡明な瞳が凝視する。
 数秒間、何かを探るように細められた目は、神藤がその視線に神経をさらわれてしまいそうな感覚に陥りかけた瞬間、大きく見開かれた。

「――――それでは……、一カ月後……」
「え……?」
 紗月姫が声を発すると、神藤の不思議な感覚も消える。彼女は本能で確信した“決定”を、彼に告げた。
「私の誕生日から一カ月後。六月二日。その日を、神藤の誕生日にしましょう」
 神藤は息を呑んだ。驚きのあまり、彼の瞳がグレーの色を濃くする。
「覚えている? 神藤が、私の前に現れた日よ? 四年前の六月二日。お前は藤棚で、生まれ変わったでしょう?」

 迷路のような巨大な辻川家の温室。
 風もないのにさざめく、大きな藤棚。
 そこで、紗月姫と神藤は出会った。
 紗月姫は神藤を“選び”、そして神藤は“生まれ変わった”のだ。

「だから、その日がお前の誕生日よ。分かったわね」
 決定事項を伝えた瞬間、紗月姫の両手は神藤の両手にさらわれた。彼は彼女の手を包み込んだまま己の額につけ、頭を下げたのだ。
「有難うございます……。お嬢様……」
 それは切なく、そして喜びに溢れた声だった。
「貴女は……、この神藤に、名前や生きる意味を与えてくださっただけではなく、生まれた日まで与えてくださるのですね……」
「神藤……」
「嬉しいです。こんな幸せ、神藤にはもったいないくらいです。……感謝致します、お嬢様」
「おっ……、大袈裟よ」
 今にも泣いてしまわんばかりの感動ぶりに、紗月姫は僅かに戸惑いをみせる。こんなにも彼が喜んでくれるとは思わなかったのだ。
「お嬢様、有難うございます」
 顔を上げた彼は、とても嬉しそうだ。そんな神藤を見ると、紗月姫も嬉しくなってしまうではないか。

 自分の態度で心を痛めてしまった彼を喜ばせてあげられたことが、紗月姫はひどく嬉しい。その嬉しさのあまり、明日の誕生日に両親がいないかもしれないと拗ねていた気持ちも、どこかへ行ってしまったほどだ。
 こうなると、もっと彼を喜ばせてあげたくなる。
 もっと、自分が与える言葉で笑顔を見せて欲しい。
 そう考えてしまった紗月姫は、身を乗り出し、握られていた小さな手で、逆に大きな彼の手を握り返した。
「誕生日に欲しいものはない? 何でも良いのよ? 新しい自分用のパソコンでも、インテリアや絵画でも良いわ。新しい分野の勉強がしたいなら、一流の講師を用意するわ」
 
 思えば、今まで彼の“希望”というものを聞いたことがない。
 何が欲しい、何をしてほしい、そんな希望を直接訊くのは初めてではないだろうか。
 して欲しいことを強請るのは、いつも紗月姫の役目だ。だからこそ、彼からもたらされる彼の望みを、紗月姫はどこか楽しみに急かした。

 紗月姫が自分のためにこんなにも必死になってくれている様子を目の当たりにして、神藤はどことなく照れ臭そうだ。だがそれは、例えようもないほどに嬉しく、心が浮き立つ感情だった。
「必要なものも、必要な勉強も、私が望む以上に賜っております。……ですが、ひとつ、この神藤の願いを利いて頂けますか?」
「何? 何でも良いのよ? 言ってちょうだい」
 神藤に何かをしてあげられる。それは、紗月姫にとっても楽しみなことであるようだ。彼女は更に身を乗り出し、とうとうソファから下りてしまった。

「それでは、ひとつだけ。……神藤は、お嬢様のヴァイオリンを、聴かせて頂きたいと思います」








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