「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使・企画SS集

●『天使が風を紡ぐ日』・4(2013紗月姫&神藤バースディSS)

 ←●『天使が風を紡ぐ日』・3(2013紗月姫&神藤バースディSS) →第14章1(手放される理想)
「ヴァイオリン?」
 神藤の希望に、紗月姫は目をしばたたかせる。
「お嬢様が与えてくださった神藤の誕生日は、お嬢様にヴァイオリンを弾いて頂きたいのです。神藤が好きな曲を、神藤のために、弾いてくださいますか?」
 紗月姫は更に大きな目をぱちくりとさせる。その可愛らしい表情に、神藤は表情を和ませた。
(そんなことで、良いの?)
 もっと贅沢な望みでも良いのだと紗月姫は思う。だが神藤にとっては、主人である紗月姫に“自分のために”ヴァイオリンを弾いてもらうのだということは、充分に贅沢過ぎる願いなのだ。

 紗月姫は“そんなこと”と捉えるが、軽く考えるべき希望ではない。なんといっても、この願いを叶えるためにはひとつ大きな問題がある。
 神藤が満足し、そして紗月姫自身も満足できるプレゼントにするためには、もっとヴァイオリンのレッスンをしなくてはいけないということだ。
 彼が好きな曲といえば、好んで聴くことが多いブラームスからの選曲になるだろう。器用に何でもこなす紗月姫ではあるが、完璧に弾きこし悔いが残らぬようにするためには、やらなくてはならないことが目前にあるのではないか。

 紗月姫は意を決すると、神藤の手を離し、部屋のドアへと走った。
「水野! 水野はいる!?」
 ドアを開け放ち、紗月姫は自分専属のお付きである青年の名前を呼ぶ。
「はい、ここにおります」
 背筋を伸ばし頬笑みを湛えたひとりの青年が、紗月姫の部屋の前で待機をしていた。彼は神藤よりも五つ年上で二十歳の医大生だが、この辻川家に代々仕える執事の息子で、神藤と同じく紗月姫が生まれた時から彼女を“主人”と決められた従者だ。

「ヴァイオリンのレッスンを始めるわ。すぐに先生をレッスン室にお通しして。まだ帰られてはいないのでしょう?」
「え? は、はい……、ひとまず客間で待機を……」
「私のヴァイオリンを用意して。調弦はできているのでしょうね?」
「それでしたら神藤が済ませております」
 紗月姫がチラリと振り返ると、神藤が立ち上がり微笑んでいる姿が目に入る。彼女もふわりと口角をほころばせ、速足で歩きだした。
 通りがかりのメイドが紗月姫の勢いに驚き、速足で歩くと転んでしまう危険があるのでやめてくれと口を出すが、彼女は聞かず足を進める。

 紗月姫が部屋を出たのだから、お世話役の神藤が着いて行かないわけにはいかない。クスクスと含み笑いを見せながら部屋を出た神藤に、水野が近付き肩でドンッと彼を押した。
「おい、煌、どんな魔法を使って御機嫌を直したんだ? 下手をしたら、明日の誕生日パーティーを中止にしかねない不機嫌ぶりだったのに」
 すると神藤は、紗月姫の前でしかしないような、穏やかな笑みを見せたのだ。
「……いや、……魔法を使われたのは、私のほうだよ……」

 神藤は右手を胸に当てる。
 いつもより鼓動の音が大きいのが分かる。
 彼の身体と心が喜んでいるのだ。“誕生日”という、生を受けた証となる日をもらえたことを。

(有難うございます……。紗月姫お嬢様)

 殺伐としていた彼の人生に、潤いと光を与え続けてくれる天使に想いを馳せ、彼はこの幸せを夢のように捉える。

(夢ならば夢で構わない。夢であるならば、私は眠り続けよう……)

 ――――≪神藤!≫

 すると、幸せに満ちた心に天使の声が響く。
 紗月姫が呼んでいるのだと悟った彼は、速足に歩き出した。
 小さな紗月姫がどんなに速足で歩こうと、神藤が追い付くのはあっという間。
 階段の手前、足を止めることなく勢いのまま下りていきそうな紗月姫に、付き添っていたメイドは酷く慌てている。このまま下りて、足でも滑らせたら大変なことになってしまうからだ。
 しかし紗月姫は、その手前でくるりと振り返り、笑顔で両手を広げた。
「神藤っ」
 振り返らずとも、彼が背後に追いついている気配に気づいていた紗月姫。その可愛らしい笑顔に応え、神藤は彼女を抱き上げてシッカリと腕の中に包みこみ、階段を下り始めた。

「神藤、とくんとくんいってるわ。何か良いことがあったの?」
 彼に抱かれてスーツの胸に凭れ掛かる紗月姫は、耳に感じる鼓動を取り込み嬉しそうだ。
 神藤は想いを込めて、彼の天使を抱きしめた。

「はい、私が生まれて来た日を、世界で一番大切な方に頂きました」

 彼の言葉に応え、紗月姫は天使の微笑みを浮かべる。――神藤だけのために。

 天使が風を紡ぐ。
 ひとつひとつ、彼女のためだけにある風を形作っていく。
 いつまでも、自分の傍らでそよがせるために――――。

 ***

 翌日の紗月姫の誕生日には、もちろん両親の帰国も間に合い、紗月姫は母が選んだドレスを着て祝いの席に出た。
 だが、神藤が選んでくれたドレスも着たかった彼女は、パーティーが終わった後そのドレスに着替え、彼とふたりで温室の藤棚で過ごしたのだ。

 一カ月のレッスンに集中したヴァイオリンの成果は、六月二日、この藤棚で披露された。
 観客はひとり、神藤だけだ。
 彼だけのために、心をこめて奏でられたヴァイオリンは、藤の花たちさえも酔わせたことだろう。


 ――――やがて……。
 神藤の誕生日が、本当に六月二日であったことが判明するのだが……。

 それは、まだ先の話。
 天使と風が、心から寄り添え合える日を迎えられるようになる過程の中でもたらされる、幸せな事実――――。




     『天使が風を紡ぐ日』

       *END*






 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【●『天使が風を紡ぐ日』・3(2013紗月姫&神藤バースディSS)】へ  【第14章1(手放される理想)】へ

~ Comment ~

直さん、こんにちは(^-^)/

リトル紗月姫ちゃん、可愛かった〜(≧∇≦)
神藤さんの誕生日。ホントに生まれた日だったことも、その日を紗月姫ちゃんが決めたことも、その日が二人が出会ったことも、宿命だったんだな〜と改めて感じました(^^)

学くん&美春ちゃんのリトルシリーズも大好きです♪
過去があって、今がありますね(^^)

ありがとうございました!新章の理想〜も楽しみです!

お久しぶりです(・∀・)

読みながらキュンキュンしました♡
神藤さんになりたいです(笑)
私もリトル紗月姫ちゃんと神藤さん、美春ちゃんと学くんのお話も大好きなので、また過去話を読ませてください!

理想の〜も、新章楽しみにしてます(*゚∀゚)
紗月姫ちゃんと神藤さんを結ぶのに美春ちゃんと学くんは尽力したんだから、今度は紗月姫ちゃんと神藤さんが美春ちゃんと学くんを助けてあげて問題ないと思うのです……学くん、意地張ってないでさっさと助けてもらえばいいのにっ!笑
そして是非是非、美春ちゃんの癒しパワーでアランさんを更生させてあげたいです。
みんながしあわせになれるよう願ってます(*´ω`*)

みわさんへお返事です(5/30)

みわさん、こんにちは!

一週間以上遅れてのお返事、ごめんなさい!><

SS,楽しんで頂けたようで嬉しいです。^^
ちっちゃい紗月姫ちゃんのお世話をする神藤少年が、私の中で結構ツボです。(笑)

学くんと美春ちゃんのリトルシリーズも、また何か書けたらいいなと思っています。

コメントを頂いた翌々日から第14章が始まりましたが、みわさんに「こんなのひどい!」と怒られやしないかとビクビクしています。
あと2話で第14章も終了します。
どうぞ宜しくお願い致します。

 有難うございました。( ´ ▽ ` )ノ

    

Re: お久しぶりです(・∀・)(優歌さんへお返事です。5/30)

優歌さん、こんにちは!

一週間も遅れてのお返事、申し訳ありません!

SS,お読み頂き、有難うございました。お気に召して頂けたようで嬉しいです。
リトルシリーズは、書いていて本当に楽しいです。
また何かやりたいと思っていますので、その時はどうぞ宜しくお願い致します。^^

『理想~』の第14章も終盤ですが、優歌さんに呆れられていないか心配です。(^^ゞ   

>学くん、意地張ってないでさっさと助けてもらえばいいのにっ!笑

そうなんですよね。(笑)
でも、学くんが言わなくても、紗月姫ちゃんがそろそろ辛抱切れるんじゃないかと……。
そして、アランの元へ行った後の美春ちゃんにもご注目くださいね。

皆が幸せになれるラストになるよう、頑張りますね。

コメント、有難うございました!

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【●『天使が風を紡ぐ日』・3(2013紗月姫&神藤バースディSS)】へ
  • 【第14章1(手放される理想)】へ