理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第14章1(手放される理想)

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「会社は守られる。それどころか、更に栄華の路を歩むことになるさ……」
 宙に投げられる学の台詞は、喜ばしい内容であるにもかかわらず嘲笑を含み、まるで自分を嘲ているかのようだ。
「抗体も手に入り、母さんも助かる。全ては元通りだ」
 そこまで言ってから、彼は視線を足元へ落とす。「いや……」と否定を呟いてから、もっとも口にはしたくない言葉を出した。
「美春だけが……、いなくなる……」
 その言葉に、学の背中にしがみついていた美春は更に強く彼のスーツを握りしめる。苦しげに語られる現実は、迎えなくてはならない明日を、改めて彼女へ思い知らせた。

「情けなかったよ、自分が……」

 学の気持ちを全て込めた台詞を耳に残したまま、美春は涙が止まらない。
 彼は多くを語らない。やり場のない複雑な思いを憤る態度で表すこともない。だが、そのひと言を“葉山学”という人間が口にするには、あまりにも不合理で驚嘆に値する出来事であるかのように感じる。
 それだけの思いを、自分への哀れみとして学は抱えているのだ。

「何もできなかった……。美春の決意を聞いてからは、身体が凍ったように動かなくなった。色々な思いが血液と一緒に体内を急速に巡って、気が狂いそうだった……」
 快諾することも、否定をすることも、どちらの声をあげることも、あの時の学には許されなかっただろう。
 それは、美春ならずともあの場にいた誰もが知っている。
 美春が、アランの要求を受け入れた気持ちを、誰もが分かっているように。

「……駄目だな……、俺は……」
 失笑と共に学の視線は下がる。彼を濡らす雨は、涙のように彼の頬を伝い流れた。
「完璧な男になりたかった。美春のために……。どんな時でも自分の“世界”を守れるように……。でも俺は、完璧を求めるがために、自分の世界を失う……。そんなものは、俺の理想じゃない……、俺はもう、一生完璧な男になんかなれないさ……。いや、なる必要も、もうないのかもな」

 これは夢ではないのかと美春は思う。
 “あの”学が、弱音を吐いているのだ。
 どんな逆境にも、どんな苦境にも、例え死に直面しようと、決して屈することなどなかった男が。
 “美春”という自分の世界を失うことに、これほどの弱さを引き出されている。

「学……、学!」
 心の叫びをそのまま口に出し、美春は学の前に回り込む。俯いた彼を見つめ、スーツの胸を掴んで揺さぶった。
「学は……、情なくなんかないよ……。学は、いつだって何でもできる人で、いつだって完璧に何でもやり遂げる人だったでしょう? ……完璧に、私を守り続けてくれたでしょう!」
 ゆっくりと学の視線が上がる。泣いているのではないかと惑うほどの憂いを含んだ瞳が、泣き続けて藍色を深く潤ませた瞳と出会う。視線を絡めたまま、ふたりは見つめ合い、美春は想いを口にした。
「学は……、いつだって、私にとって完璧な人だったよ……。だって、……いつだって、私に、完璧な愛をくれたでしょう?」

 学の双眸が一瞬見開かれ、その瞳が潤んだことにも美春が気付けないうちに、彼の両腕は彼女を強く抱きしめていた。
「美春……、美春……っ」
 強く強く彼女を掻き抱き、抱き殺してしまわんばかりに力を込める。それは想いと連動するように強く、美春は本当に息が詰まってしまいそうだが、彼女もしゃくり上げるばかりで正常な呼吸ができずにいるので、苦しさはさほど感じなかった。
 抱き締められる力など、苦しくはないのだ。
 この胸の痛みに比べれば……。
「学……、愛してる……、これからもずっと、愛してるから……」
 詰まる胸から出される言葉は、途切れ途切れ、ハッキリとした発音を成さない。それでも学が「愛してる」という言葉を聞き逃すはずはなく、彼は美春を強く抱いたまま彼女の顎を掬い、強く強く唇付(くちづ)けた。
「んっ……」
 激しい唇付けに、美春の身体が後ろへと反る。不安定な身体を支えるために後ろへ引いた足は、学に押されるまま後退し、背中が鉄柵についたところで止まった。
 両手が鉄柵を掴み、美春の両側を塞ぐ。美春は学の背に腕を回したまま、ふたりは互いの唇を感じ続けた。

 柔らかな唇。温かな吐息。愛おしい感触。
 いつもはそれを感じているだけで、幸せで幸せで堪らないのに……。

 この、胸に去来し続ける大きな悲しみと虚脱感は、何なのだろう――――。

 舌を吸い合い、離れかかった唇から銀糸が引く。冷たい雨が唇に当たり、学からもらった温かさが消されそうになると、美春は泣き声で強請った。
「学……、もっと、キスして……」
 その願いが否定されるはずはなく、再び重なる唇。学の温かさを失いたくない、この唇を、いつまでも感じていたい。それは学も同じ気持ちだったのだろう、ふたりは雨の冷たさも忘れてしまうほど唇を貪り、舌が痺れてしまうほど絡めあった。
「美春……、愛してる、……愛してる……」
 囁かれ続けるのは、至福の言葉。
 けれど今のふたりにとって、その言葉はまるで弔辞であるかのようだ。
 美春の鼓膜に深いバリトンを響かせ、学はまだ濃密な唇付けの感触を残す舌で耳をなぞる。
 形を、柔らかさを、耳介の深さまで。
「学……」
 ゾクゾクっとした電流が背筋を落ちていく。左耳を愛されると、右の耳も刺激を欲しがって熱くなっていくのが分かった。
 して欲しいことを、美春が口に出さなくとも学には分かる。美春の身体の反応から要求まで、彼は“美春”という女性の全てを網羅しているからだ。
 柵から離した手で耳の裏を撫で、指先が舌と同じように耳介をなぞり優しくしごく。両耳に貰える刺激に、美春の肩が緩やかに焦れた。






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後書き

 こんにちは。玉紀直です。
 第14章、スタートさせて頂きます。

 第13章のラスト、会社の屋上のシーンからの続きになります。
 もう、経過を読んでお分かり頂けそうですが、ここから少しラブシーンに入ります。こんな状態でのラブシーンなんて、いくらラブくても寂しいだけではあるかもしれませんが、ふたりの想いにどうかお付き合いください。

 「そんなのは、俺の理想じゃない」の言葉通り、理想を失い目標を見失う学。
 学からもらった沢山の愛を心の支えに、アランの元へ赴く美春。
 以前の活報にも書きましたが、心痛い展開になるかもしれません。ですがここを乗り越えなければ、本当のラストは見えません。
 どうか第14章、最後までお付き合いください。

 宜しくお願い致します!





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Re: 始まりましたね・・・とうとう・・・(hiromiさんへお返事です6/1)

こんにちは。

 記載頂いたメルアドへお返事させて頂きましたが、届いておりますでしょうか?
 まとめてですいません。(^^ゞ
 未着の際は御連絡下さいね。^^

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