理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第14章7(理想の親友)

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 過去を見ていた瞳は横に流れ、切なく眉を下げた美春を捉える。
 現実へ引き戻された涼香は、理想の是非を、それを作りあげていた本人に問う。
「……そう思っていたのは、間違いだったの?」
「涼香……」
「葉山君から美春を取り上げられる人間なんて、この世にいないと思ってた……」
 美春は言葉が出なかった。学から美春を取り上げられる人間などいない。それは、学と美春が離れることなどあり得ないという前提の元に、誰もが存知している事実だ。
 だが、その前提は崩されようとしている。
 学から、美春を取り上げることができる人間の出現によって。

 美春はふわりと涼香に身体を重ね、柔らかく彼女を抱きしめた。
「ごめんね……」
 涼香の髪に頬をつけ、大切な親友の存在を胸に抱きながら、美春は苦しい想いに捉われる。
 それは、もしかしたらこの先、涼香とこうして親友同士ではいられなくなるかもしれないという危機感だ。
 アランの元へ行くと決めたことで、美春が失うのは学や会社だけではない。学を通して縁を持っていた者たち、学の片腕である信と結婚が決まっている涼香も、そのうちのひとりだ。
「……ごめんね、涼香」
 ゆっくりと彼女から離れ、美春は哀しげに微笑んだ。
「“理想”でいられなくて、ごめんね……」

 涼香は言葉が出ない。言いたいことを的確に口にしてしまう彼女なら、ここで言うべき台詞は湯水のごとく溢れてきそうでもあるというのに。
 だが、それが出てこないほど、涼香の心は今のこの状態に悲しみを覚えているのだ。
 美春はそんな彼女を見ているのが辛くて、クルリと背を向けた。

「理想、っていう言葉は、あくまでも“理想”でしかないのかもしれないね……。現実の前では、何の力も発揮できない……。所詮、幻なのかも」

 鼻の奥にツンっとした刺激が走る。また泣いてしまうかもしれない、涼香に泣き顔を見せたくない、そう思った美春はベッドから離れようと足を踏み出した。
 しかし、その動きはすぐに止まる。
 ブラウスを強く掴まれ、前へ進むことを許してもらえなかったのだ。
 肩越しにゆっくりと振り返る。ブラウスの背を掴んでいたのはもちろん涼香だ。急いで上半身を起こし、逃がすまいと前のめりになった彼女を、美春は振り返ったまま凝視した。
 涼香の頬に、涙の雫が伝い落ちていたからだ。
「それでも美春は……、私の、理想の親友だったよ……」

 目を瞠った美春の瞳が、くるりっと動き潤んでいく。涼香は口元をほころばせたまま、いつもの調子で美春をからかった。
「優しくて、可愛くて、人のことしか考えていなくて。いっつも私に揚げ足を取られてワタワタ慌てて、あんたといたら楽しくて堪らない……。危なっかしくて、ほっとけなくて、一生一緒にいても、きっと飽きない」
 軽快だった涼香の口調が止まる。美春が話しかける前に、彼女は嗚咽を堪えながら大切な親友への想いに声を震わせた。
「……大好きよ……、美春……」

 身体を返した美春の背から涼香の手が離れる。ぐらついた涼香の身体を支え、美春はしがみつくように彼女を抱きしめた。
「――涼香ぁ……、大好き……」
 涼香と知り合ってからの八年間が、美春の頭を駆け巡る。
 言いたいことをズバズバと的確に口にしてしまう親友。それでも、心の中は繊細で思いやりに溢れ、美春を庇い、慰め、ときに諭してくれた。
 馬鹿みたいに笑い合ったこともあれば、視線も合わせられないケンカもした。
 それでも、大好きで、大好きで。

「涼香は、私にとっても“理想の親友”だったよ……」

 メイクをして来なくて良かったと思ってしまうほど、美春の瞳から涙が零れ落ちた。そしてそれと同じくらい、涼香も美春に抱きつき涙を流したのだ。
 理想は、あくまでも理想でしかない場合もある。
 けれどふたりにとって、この友人関係は現実のものだった。幻ではないのだ。理想の友人関係を、ふたりは築いてきたではないか。
 それは学と美春にもいえること。
 例え現実には離れ離れにならなくてはならないのだとしても、ふたりは確かに愛し合ってきたのだから。

 現実の前で、理想が何の力も持っていないなどということはない。
 理想が現実であったのなら、それは、変えようのない真実ではないか。
 そんな“真実の愛”を、学と美春は与えあってきたのではなかったのか。

「涼香、……ありがとう……」

 美春と涼香がお互いに理想の親友関係を築き実現させていたように、学と美春も、ふたりだけの理想の恋愛を築き育んできた。
 それは、幻ではない。
 真実だ。 

 そのことに気づかせてくれた親友を抱きしめ、美春はまた少しの間、泣いた……。







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