理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第14章8(最後の確認)

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「分かった。じゃぁ、父さんにも伝えておくよ」
 両手で膝をポンッと叩いて、信は話を締めくくりソファから立ち上がった。
「土曜になるのか日曜になるのかは分からないけど、正式な契約日が決まったら、すぐに教えてくれ」
「ああ、田島も来るんだろ?」
「当然だ。オレは“葉山専務”の専属弁護士になる男だぞ。大切な契約に立ち会わなくてどうする」
 意気込んで胸を張る信だが、向かい側の椅子でクスリと笑った学を見て、頭を掻きながら弱気を覗かせる。
「……まぁ、今回の正式な立会弁護士は、父さんに任せるけどな」

 ロシュティスと正式な書類を交わす日が、土曜日になるか日曜日になるか、アラン側から連絡が来ないことにはハッキリとしないが、今回は顧問弁護士として信の父親である信悟が立ち会う。
 信の合格発表は来週月曜日だ。既に合格は確実とされてはいるが、弁護士協会での登録もまだなく、弁護士バッチも手にしていない彼では、正式な立会人にはなれないのだ。

 信はテーブルを回って学の斜め前に立つと、まだ半乾き状態になっている学の髪を弾くように頭を叩いた。
「それより、さっさと着替えろよ。頭から水をひっかぶった姿のまま、オレの前で“水も滴るイイ男”を演出したって、オレはときめかねーぞ」
「冷たいな、信ちゃん」
「るせーよ。風邪ひいて絶不調の中で契約日を迎えるつもりか? 余計な心配させちまうぞ」
 名前は割愛したようだが、信が言いたかったことを学はすぐに悟った。
 近々行われるロシュティスとの正式契約。その時、美春は学ではなくアランの秘書として同席するだろう。体調が悪い姿を見せてしまえば、あの時雨に濡れたせいだと、彼女は不必要なまでに心配をするに違いない。

 専務室へ戻って美春をシャワー室へと追い立ててから、学は着替えることもしないままぼんやりとしていた。
 そのうちに信がやって来たので、着替えるタイミングを逃したまま専務室で話しこんでしまったのだ。
 美春に着替えを持たせた時に髪とスーツを軽く拭いはしたが、あまり役には立っていない。時間が経った分、半乾き状態になってしまい肌に貼りつくシャツが不快に思えた。

「すぐ着替えるよ。信ちゃんの前で服脱ぐの恥ずかしいから、ひとりになってから」
「遠慮すんなって。目を大皿のようにして見てやるよ」
 冗談を冗談で返した信だが、学が真顔で「そうか? じゃぁ……」と腰を浮かせベルトに手をかけたので、「待て、外すのは五分待て!」と慌てて止めた。
 ひと通り笑いあったあと、ふと信が真顔に戻る。
「葉山……、オレは、本当に何もしなくていいのか? お前は、本当にこのままでいいのか?」
 美春の件を問われているのだと、すぐに察しがついた。
「お前がひと言くれれば、オレは動けるんだ。やらないより、やったほうがいい手段だってあるんだぞ?」
 それは、信にとって最後の確認だった。
 もしかして学は、こうなってしまったことを後悔しているのではないか。何か策を講じようと思いかかっているのではないか。
 学がそんな考えを持っているなら、もちろん信は動くつもりでいるのだ。

 ――だが学は、静かに首を左右に振った。

「いいや、今は、まだいい」
「葉山……」
「まだ……、“その時”じゃない……」

 学の答えを聞いて、信は何かを追求しようと口を開きかける。だが、すぐに唇を結び、ひと呼吸おいて了解をした。
「分かった……。今は、従う……」
 少々引っかかる物言いに学は視線を上げるが、追求拒否とばかりに顔を逸らした信は、「じゃぁ、連絡待ってる」と手を上げて速足に専務室を出ていった。
(嫌味のひとつも言いたかったのかな)
 その気持ちも分からなくはない。学は苦々しく口角を上げるとソファから立ち上がり、ネクタイを解きながらデスクへと向かった。
 着替えを始めようと上着を脱ぎ、ネクタイと共にデスクへ置く。ふと視線が、置き去りにされていた皿へ引きつけられた。
 皿の上には、商品用ラップフィルムに包まれたおにぎりがひとつ乗っている。これは、アランが来るとの情報が入る前に美春が作ってくれたものだった。ふたつあった物を、ひとつだけ食べたのだ。

 おにぎりを手に取り、学はジッとそれを見つめる。
 三角のおにぎりにキッチリと巻かれた海苔。大きさは美春の手のサイズ。時間が経ってしまっているのでご飯の温かみはない。けれど学は、そのおにぎりを手に持っているだけで、身体から心まで温かくなってくるようだった。
「もう……、おにぎりを作ってもらえることも、なくなるのかな……」
 弱音を吐いた先から、脳裏に浮かぶのは美春との約束。
 ――――私を、迎えに来て……。

 哀しい雨の中で繋いだ身体。望みを託しはしたが、本当に美春が新しい命を宿したのかなど分からない。もしもそうなったら、無理矢理にでも奪い返しに行くつもりではあるが、そうなっていなかったら……。
 美春を取り戻すために動くには、まず葉山製薬を今以上に盛り立てなくてはならない。それこそ、美春が言っていたように、例えロシュティスと手を切っても揺らぐことなどないと言えるくらいに。
「一日二十四時間仕事するだけじゃ、足りないかもな」
 おにぎりに向かって皮肉を吐き、学は美春の言葉を何度も心に響かせる。
(美春を、絶対に迎えに行く……)

 そのためには、精神を仕事に向けて高め奮起しなくてはならない。
 こんな所でおにぎりを持って、哀愁に浸っていてはいけないというのに……。

 なのに学は、その場から動けない。
「美春……」
 学のためにおにぎりを握ってくれた美春の表情が見えるようだ。
 彼を元気づけようと、これで少しは元気になってくれるだろうかと、ドキドキしながら、はにかみながら、学を想って握ったに違いない。
「……少しだけ……、ごめん……」
 心の美春に謝って、学は片手で両瞼を塞ぎ、顔を上げる。

 おにぎりから目を離しても、熱い刺激に見舞われた瞼の奥では、美春がいつもの笑顔で微笑んでいた。








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