理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第15章2(専務秘書代行)

 ←第15章1(不安に包まれる朝) →第15章3(わずかな繋がり)

「おはようございます、専務」
 専務室のドアを開くと、誰もいないはずのそこには櫻井が立っていた。
「のんびりとした御出勤でしたね。あと五分お姿が確認できないようでしたら、電話で出社時間の確認を取らせて頂くところでした」
「櫻井さんは、何をしているのです? ここで」
 櫻井の皮肉にも挨拶にも応えることなく、あまつさえ彼の顔さえ見ないまま、学はデスクへと向かい、大きく吐息しながら椅子に腰を下ろす。
 学の様子がどこかおかしいのはすぐに気付いたが、櫻井は特にその件については進言せず、自分がここにいる理由を述べた。
「会長から、仮辞令を頂きました。本日より、僕が、専務の秘書を務めさせていただきます」
 学の眉がピクリと動く。彼が詳細を問いかける前に、櫻井はすべてを口にした。
「会長のほうには、柵矢第二秘書が就いております。僕は、取り敢えず仮辞令という形を取られていますが、後に正式なものになるかと思いますので、宜しくお願い致します」
 美春がアランの元へ行けば、専務秘書のポストが空く。秘書交換には応じなかったことから、学には秘書の補充が必要になってくるのだ。“お傍付き”の立場から、ここへは櫻井が適任だと一は判断したのだろう。
 仮、とはいえ、会長自らの辞令だ。学がそれを拒めるはずがない。

「それほど重要なものは詰まっておりませんが、昨日の仕事の遅れも取り戻さなくてはなりません。……今日の予定ですが……」
 昨日の一件のせいで仕事に遅れが出ているのは本当だが、なるべくその雰囲気を臭わせないよう、櫻井は今日のスケジュールを説明しようとした。
 だがその時、勢い良く椅子から立ち上がった学が、バンッとデスクを片手で叩いたのだ。
「――――結構……。櫻井さんは、昨日までの仕事に戻ってください……」
 静かな口調ではあるが、それには苛立ちが混じっている。微かに吊り上がった眉は、彼の不快を充分に表していた。
「会長に、伝えてください……。『代わりの秘書など要らない』と」
「専務」
「……私の秘書は……、ひとりだけだ……。出て行ってくれ……」
 呟くような小声ではあったが、それを耳にした櫻井は言葉を失う。
 いつもならば、自分がここにいても学の横には“秘書”がいる。その当然の光景が、今はないのだ。
 学から漂う喪失感。彼の横にいるべき人物がいないこの光景は、櫻井に更なる喪失感を覚えさせた。

 学の気持ちはもちろん分かる。秘書は美春だけなのだと、彼がこだわりたい強い想いは理解しているつもりだ。
 だが櫻井は、仮辞令を受けた時、一に言われたのだ。「専務から目を離すな。おかしな行動を見たら、必ず止めてくれ」と。
 仕事をする気分にはなれないだろう。だがそれをさせるのが秘書の仕事だ。学が消沈しているであろうことは一とて分かっているのだから、そのうえで櫻井を専務秘書代行として付けたということは、櫻井ならば、今の学を冷静に見て扱えると判断したからだ。
 櫻井は一の期待に応えなければならない。とはいえ、こんな状態の学では、いつもの判断力など期待はできないだろう。

 スケジュールの濃度をもう少し落として、学に休む時間を与えようか。頭の中で再調整を始めた櫻井だったが、彼が黙って立ったまま動かないのが気にくわなかったのか、学は憤りのまま櫻井の横を通り過ぎた。
「櫻井さんが出ないなら、私が出ます」
「専務……」
 振り返り声で追う櫻井をかえりみることなく、学は専務室を出ようとする。すると、いきなり目の前でドアが開いた。
「専務、須賀ですっ……わぁっ!」
 はやる気持ちのままノックもなしに飛び込んできた須賀は、目の前に学がいたことに驚き、思わず背を反らした。しかし彼の勢いは衰えない。これ幸いと、意気揚々として申し出たのだ。
「専務、先日と同じ部屋に侵入させてください。光野さんは、そこにいるんですよね!?」

 学の表情は動かない。だが、両手は密かに握りこぶしを作った。
「声は聞こえなくても、様子は探れます。何ならオレ、二十四時間体制で監視しますから。何かおかしな動きがあったら、すぐに専務へ報告します!」
 須賀が言っているのは月曜日の件だ。親交という名目でアランの元へと行った美春の様子を探るために、マニフィーク・ヒルの特別緊急用監視カメラのセキュリティへ侵入した。 美春は今日からアランの元へと行っている。同じ部屋を探れば、彼女の様子を知ることができるだろう。
「もしもそこにいなかったとしても、光野さん、いつものスマホを持っていますよね? GPSが付いているんだから居場所は分かりますよ。そうしたら、それを追って……」
「必要ない」
 ずっと考えていた計画を勢いこんで口にする須賀ではあったが、学はその気迫を遮った。
「そんなものは必要ない。……追跡したところで、今はどうにかできるわけじゃない」
「でも……、何か解決策が思いつくかもしれません。……向こうの動きだって、知ることができます」
「ホテルの部屋を覗いて、美春がアラン社長に抱かれる姿を眺めてろって言うのか?」
 学の言葉に、須賀は目を瞠る。学の口から出る言葉とは到底思えず、須賀自身、言葉が出なくなってしまった。
「――――そんなのは……、ごめんだ」
 苦々しく呟き、学は須賀を押し退け、専務室を出て行ってしまったのだ。







人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第15章1(不安に包まれる朝)】へ  【第15章3(わずかな繋がり)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第15章1(不安に包まれる朝)】へ
  • 【第15章3(わずかな繋がり)】へ