理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第15章3(わずかな繋がり)

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 須賀も、そして櫻井も、学を追うことができない。
 あまりにも、学らしくない態度と言葉。あれがいつもの彼と同一人物なのだとは、信じがたい事実だ。
「……どうしてですか……」
 やっと出た須賀の声は、動揺に震えている。
「こんな時、一番に動くのは専務なのに……。どんなに無茶なことだって、光野さんのためにならやろうとするのが、あの人なのに……」
 須賀の脳裏には、美春のために命をかけて行動した学の姿が映し出されている。
 ただひとり、心に決めた人間を守り抜こうとするあの姿を、須賀は尊敬していたというのに……。
「どうして……、ただ諦めて……、もうそんな必要はない、って……。どうして何もしないで諦めるんですか……」
 失望を呟きながら、須賀はゆっくりと櫻井へ視線を流す。
 説明が欲しかった。学があんなにも変わってしまった理由の説明が。
 心に決めた愛から、自分の信念まで諦めてしまった理由を、教えて欲しかった。
 原因は須賀にだって分かっている。だが、認めたくないのだ。この人にならついていけると尊敬した学が、すべてを捨てたかのように変わってしまったことを。

 櫻井は足元に視線を落したまま、口を開こうとはしなかった。
 須賀が何か言って欲しがっているということは分かる。だが、ここで彼を諭すようなことを言えば、櫻井は自分の心に嘘をつくことになるだろう。
 櫻井とて、この状況を納得などしてはいないのだから。

 言葉を出さない櫻井に見切りをつけ、須賀は苛立ちも露わに専務室を飛び出した。
 ドンッと大きく壁を叩く音が聞こえる。おそらく須賀が、やり場のない憤りを壁にぶつけてしまったというところなのだろう。
「須賀くんは、素直だな……」
 苦笑いを漏らした櫻井の脳裏には、須賀と仲良く笑い合う美春の姿が浮かぶ。
「素直な者同士……。気が合うのは当たり前だな……」
 手にしていた書類をクルリと丸め、櫻井は手のひらをポンッと叩く。何度か打ち付けていると、文句を言う美春の姿が思い浮かんだ。
 『そんなに叩かないでくださいっ。馬鹿になっちゃいます』
 丸めた書類でポコポコ叩かれる頭を押さえ、反抗する彼女。だが、それが櫻井の愛情表現であることを分かっているのか、どんなに叩こうと懐いてくる態度は変わらなかった。
「……もっと叩いて、馬鹿にしておけばよかったな。……そうすれば、あんな利口すぎる決断は、しなかっただろう……」
 手のひらを叩いていた書類で、櫻井は自分の頭を叩いてみる。ポコポコポコポコという音を、いつもは美春の頭で奏でて楽しんでいたのに、今はちっとも楽しくはない。
「『どうして何もしないで諦めるんですか』……っか……」
 悔しげに須賀が口にした言葉を借り、櫻井は手を止めた。

 ――――櫻井係長。

 呼びかける美春の笑顔を思い出し、彼はその幻に応える。
「お前より、馬鹿になってみようか……」
 眉を寄せ苦笑いを浮かべて、櫻井は顔を上げた。

 *****

 身体が重かった。
 頭がぼんやりとする。おまけに息苦しい。
 ショックなことが多すぎて、弱った心に連動した身体が夏バテでも起こしているのだろうか。そんな考えを持ってしまうほどの倦怠感を覚えた。
「……暑い……」
 片手でスマホを胸に抱いたまま、美春は汗が滲む額を押さえる。汗は冷たく、自分が浮かべているのが冷や汗なのだと悟った瞬間、ふるりっと全身を寒気に襲われた。
 体調は著しく悪い。こんな日に体調不良に陥るなど、心と身体が仲良しすぎて美春は苦笑いをしてしまう。
 門の前で一真の車を降り、美春はマニフィーク・ヒルの正面入口へ向かって通路を進んでいた。
 身体に感じるこの熱さは、外気温ゆえだろうか。それとも身体自体が熱を持っているのだろうか。それさえも、分からなくなりかけている。
(シッカリしなくちゃ……)
 心の中で何度も自分に言い聞かせ、美春は足を進めた。これからアランの元へ行こうというのに、これでは辿り着く前に倒れてしまいそうだ。
 肩にかけたショルダーバッグより、何故か胸で持つスマホのほうが重く感じる。――今、これだけが、唯一、学と繋がっていられる絆であるような気がしていた。
(学……)
 耳が期待しているのが分かる。スマホの着信音が、“カノン”の着信音を奏でてくれることを。そこから、愛しい人の声を聞かせてくれることを。

 だが、美春には分かっている。
 このスマホが“カノン”を奏でることはない。学から連絡がくることなど、今は有り得ないのだ。
(学……、学……)
 声が聞きたい。彼の姿を見たい。彼に触れたい。――抱き締めて欲しい……。
 けれどそれは、願ってはいけないこと。
 分かっている心の分だけ、スマホは手にずっしりと重く感じ、鳴らない電話を意識させる。
 儚い繋がりだけを感じさせるスマホではあるが、それでも美春は、彼への想いをその身から離すことができない。

「ミハル!」
 おぼつかない足を、やっとのことで進めていた美春の耳に、現実とも幻ともつかない声が響く。
 顔を上げると、ぼんやりとした目が、ホテルの正面入り口から出てくるアランの姿を捉えた。
「アラン……」
「遅かったね。心配していたんだよ、何かあったのではないかと」
「すみません……。九時には到着すると言っていたのに……」
「いや、良いんだ。そんなにかしこまらなくて良い。どうせ今日は、会社の資料を見てもらったり話をしたり、そのくらいしかすることがないからね」
 美春が自分のものになると確信があるアランは上機嫌だ。彼の背後にはグレースの姿もある。
 いつも通りのポーカーフェイスを見せる彼女ではあったが、今の美春には、その表情が悲しげに見えてしかたがなかった。







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