理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第15章6(彼が彼であるための証)

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 三十三階のコーポレートIT事業部は、男ばかりの部署だ。
 昨年、一時期だが須賀の婚約者である悠里が勤務していた時期がある。その頃は、今までと違う柔らかな清涼感が漂い、他の部署からも“やっぱり女の子のひとりもいると違うもんだ”と感心されたものだが、退職してからは瞬く間に男くさい部署に戻り、あまり柔らかな雰囲気はない。
 各自仕事内容によって動きが決まるので、お昼休みだからといってオフィスがいきなり空になることはないが、須賀の席に彼の姿は見えなかった。昼食に出たのだろうかとオフィス内を見回し、櫻井は彼と話合いをしようと考えた計画を諦めかける。
 しかし再度見直してみると、中央寄りに置かれた緊急対策用デスクに、まるで身をひそめるかのように須賀が座っているではないか。
 頻繁に使われる席ではない。外部からシステムに“悪戯”でもされているのだろうかと近付くと、須賀はメインデスクのコンピューターと私物のノートブックを繋ぎ、カメラ映像らしきものを見ていた。
 背後に櫻井が立ったことには須賀も気付いていたが、彼はモニターから目を離さない。やがてその中に人影が現れると、櫻井は「あっ」と小さな声をあげた。
 そこに映ったのは、アランとグレースの姿だったのだ。
 中央に置かれたソファにアランが座り、グレースと何かを話している。彼女が画面から消えると、須賀はカメラに映し出される範囲を広げていく。すると、部屋の隅に置かれたバーカウンターで、コーヒーカップを用意している姿が確認できた。
 アランとグレースが宿泊している部屋なのだと、すぐに察しがつく。今朝の話で学に「必要ない」と撥ね退けられた非常用監視カメラのハッキングを、須賀独断で決行したのだろう。
「監視を始めた時、光野さんがソファに寝かされていました。冷却ジェルらしき物を当てられていたので、体調が悪いのかもしれませんよ。一度起きて、薬か何かを飲んでいましたね。そのあと違う部屋へ移動させられたようですけど、寝室かな? そっち方面にはカメラがないので追えないんですが、秘書の女性が十五分おきに消えるので、様子を見に行っているんだと思います」
 モニターを見つめながら、須賀は淡々と説明を続ける。憤りを堅実な行動に繋げた彼に関心をしながらも、櫻井は須賀の背をバンッと強めに叩く。
「ずっと監視していたのかい? 自分の仕事はどうしたんだい?」
 すると須賀は、苦笑いをして櫻井を見上げた。
「これがオレの、“仕事”ですよ。“専務のため”に動くことは、オレの仕事です」

 櫻井は目を瞠る。
 須賀の素直すぎる考えと行動が、考えすぎる彼の頭と胸に痛いくらいだ。
 悔しいかな、少し彼に敗北感を覚え、我ながら情けなく口角が上がった。
「そうだよね……。“お傍付き”の仕事だよな……」
 さっきとは違う調子で、櫻井は須賀の背を叩く。深く重く、同意を求める合図のように。
「そして……、体調が悪くて倒れたらしい“社員”を、そのままにはしておけないよな……」

 ***

 熱い風が流れてくる。
 昨日のあの雨の冷たさは何だったのだろうと、ぼんやりとした口元に微かな笑みが浮かんだ。
 何時間ここに座っているのか、今が何時なのかも分からない。
 ただ、オフィス街で正午に奏でられる鐘の音を聴いたような気がするので、おそらく十二時は過ぎたのだろう。
 ――葉山製薬本社ビルの屋上。
 限られた人間しか入ることを許されないスペースの片隅に座り込み、学はぼんやりと空を見つめていた。
 
 ここは、昨日、美春と愛しあった場所だ……。

「……美春」
 彼女の名前を呟くと、空の青さしか映らない視界に美春の姿が浮かんでくる。学を見つめ、幻の美春は“彼のために”微笑むのだ。
 ――――学……。
「美春……」
 ここへ座りこんでから、何度こうして彼女の名を呟いただろう。

 学のものであったはずの笑顔。彼だけが抱き締める権利を持っていた愛しい女性。
 それがもう、彼のものではない。

 ――――迎えに来て。私を……。

 儚い約束が思い出される。それを現実にするためには、こんな所で座っていてはいけない。ぼんやりとしている場合ではない。寝る間も惜しんで、死ぬ気になって仕事をして、この会社を、そしてグループを盛り立てていかなくてはならないのだ。 
 それは分かっている。
 しかし……。

 身体が動かない。
 この現実に、学の頭と身体がついてこないのだ。

 『専務! ほら、仕事ですよ! 今日も張り切りますよ、じゃないと残業ですからね!』
 可愛い笑顔で上司を叱咤する秘書が思い浮かぶ。
 どんなに仕事がハードでも、残業が続いても、彼女が傍にいれば、彼女の笑顔がそこにあれば辛いと思ったことなどなかった。
 どんなトラブルに襲われても。逆境の中に放り込まれても。彼女がいれば、彼女のためであれば命を懸けて飛び込んでいけた。何も、恐れるものなどなかった。

 美春が傍にいたからこそ、学は、“葉山学”でいられたのだ。

「お前がいなくなったら……、俺は、“何に”なるんだろうな……」

 不明瞭な思考から零れたその質問に、答えてくれる者はいない。
 それは、学が、自分自身で見つけなくてはならない答えなのだ。
 自分の“世界”を失うことを、彼が自分の中で本当に認めるのなら――――。







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