理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第15章7(執着に囚われた娘)

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「そういえば、今日は美春、帰ってくるのかしら……」
 タクシーを呼ぼうと受話器に手を伸ばし、エリはふと美春が気にかかった。
 何故いきなり娘の顔が思い浮かんだのだろう。昨日帰って来た時、疲れているのかあまりにも元気がない様子だったので、気になりすぎて頭から離れないせいだろうか。
 もちろんそれもある。だがエリは、美春を思い出した本当の理由を呟いた。
「アイス、四個買ってきて大丈夫かしら……」
 エリはこれから、病院で眠り続けるさくらの様子を見に行こうとしていたのだ。彼女がいつ目覚めるのだろうという不安の中、大介の大仕事が一段落つきそうだと連絡が入った。今夜は家へ帰って来られるらしい。そこで、病院帰りにいつものジェラートショップでお土産を買おうかと思い立ったのだ。
 そこで気になるのは、美春は帰ってくるのか、だった。
 帰って来なくたって家族の人数分は必ず用意しておくエリではあるが、今日は大介の仕事も終わってお疲れ様の意味もある。そこに美春がいてくれたら嬉しいのに、という希望もこもった呟きだった。
「でも、昨日も帰ってきているし。……二日続けて、は……学君が寂しがっちゃうわよねぇ」
 学だけではない。二晩も離してしまったら、きっと美春も寂しがってしまう。
 微笑ましげな笑みの中に僅かな苦笑を加え、エリは受話器に手をかけた。すると、そのタイミングを待っていたかのように電話が鳴りだしたのだ。
「はい、光野でございます」
 反射的に受話器を取り上げ、やんわりと対応する。だがその声は、すぐに不審げなものに変わってしまった。
『エリ、僕だよ』
「……アラン?」
 やけに愛想の良い作り声だ。エリは僅かに寄せられた眉に不快を露わにするが、彼女の様子など見えないアランは、更にその眉を寄せざるを得ない発言をする。
『ミハルは、今夜はこっちに泊めるよ。それを伝えようと思ってね』

 エリは言葉が出ない。
 美春を泊めるとは、どういった意味なのだろう。美春は会社へ行ったはずだ。今日は学と一緒に出勤できない事情があるとかで、一真が送って行ったのではなかったか。
『熱があったらしく、こっちに来てすぐに倒れてしまった。薬を飲ませたのですぐに下がるとは思うが、それにしたって疲労した様子が酷い。動かすのも可哀相なレベルだ。今夜は僕の所で休ませるよ。本人がまだ寝ているから、それを伝えたくて僕が電話を』
「ま、待ってちょうだい、アラン……。どういうこと? 美春はそこにいるの? どうしてあなたの所へ……」
 まるで当然の権利のように、美春を傍に置くと口にするアラン。エリとしてはこの状況が全く読めない。

 昨日の一件を、美春がエリに話していないことは、契約が済むまでエリには合わないでくれと懇願した美春の様子で分かっていた。
 だがアランは、知らなかったのなら承知しろと言わんばかりに話しを進めたのだ。
『ミハルは、昨日、これからは僕の秘書になると決まったんだよ? 知らなかったのかい?』
「……え?」
『ミハルはとても素晴らしい選択をした。何もかもがすべて丸く治まる最善策だ。賢い子だよ』
 エリは空寒い考えに捉われる。美春がアランの秘書になるということは、学の傍を離れるという意味ではないか。そこからおのずと考えられるのは……。
「まさか……、あなた美春を……」
『もちろん、僕の妻にする。ミハルには、一生涯、僕の傍で陽だまりのような笑顔を見せていて欲しいからね』
 こんな悪ふざけのような話は聞きたくない。エリは思わず受話器を叩きつけてしまいたくなる。だが、驚きに息を呑みながらもそれは耐えた。電話を切ってしまっては、美春の様子を知ることができなくなってしまう。
 そして「馬鹿なこと言わないで」と彼の言葉を否定することもできない。週の始め、アランはあれだけの気迫をエリと美春に見せられて降参したではないか。あんな目に遭った後で吐く虚言としては程度が大きすぎる。

 あの日、大人しく降参したアラン。
 だが彼は、既に自信を持っていたのだ。
 美春を、自分のものにする自信を。
 だからこそ、エリと美春を大人しく帰したのだ。

 そのことに、エリは今になって気付く。悔しさで奥歯に力が入るほどだが手遅れだ。
 ――娘は、悪魔の手に堕ちた。

「アラン……、あなた、どうしてそんなに美春に執着するの……」
 極力彼を刺激しないよう、エリは静かに問いかける。
「過去のことがあるから? 私が、アランを拒んだから……、だから美春を、って……」
『エリ、違うよ』
 アランの暴挙を、過去の出来事と結び付けようとしたエリだが、彼自身はそれを否定した。
『違う……。君のことは、……僕の中の素晴らしい思い出でしかない。……今の僕が手に入れたいのは、君じゃない……』
「だから、私のことがあるから、よく似た美春を……」
『エリ、僕はね……』
 ふたりの言葉は重なり、同時に止まる。刹那の沈黙を破ったのは、哀れみを誘うほど心憂いアランの声だった。
『もう一度取り戻したいだけなんだよ……。僕のすべてを癒してくれた、無垢な笑顔を……』

 再び、痛いほどの沈黙がふたりを襲う。話の流れとはいえ余計な気持ちを晒してしまったと失笑し、アランは「要件はそれだけだ」と電話を切った。
 あれだけ叩きつけてやりたいと思っていた受話器を握り締めたまま、エリは動くことができない。
 彼女の心には、とんでもなく大きな疑問が生じ始めていたのだ。
「……アラン……」
 受話器を持ったまま、エリは不通音が響く中、通じぬアランに問いかける。

「あなたが欲しいのは……本当に、“美春”なの……?」

 出された結論に、エリの心が騒いだ。
 ――――違う、と。







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