理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第15章8(悪魔の内訳)

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「すいません、……いきなりこんな……」
 セリフの途中でコップに口を付け、氷入りの冷たいミネラルウォーターで喉を潤してから、美春は大きな吐息と共に言葉を吐き出した。
「倒れるなんて……。御迷惑をかけてしまって……」
 冷たい水に冷えた喉は、とても清々しい清涼感をくれる。ふらつきながらもベッドの上で上半身を起こし、弱々しく微笑む美春を一瞥して、グレースは苦笑した。
「まったくだわ。三十九度も熱があるって分からなかったの? それとも、無理やり来たのかしら?」
「……気がつかなかったんです。……身体は、熱いというよりも冷たくて、……ダルイのは昨日雨にあたったせいだろうとばかり……」
 そこまで口にして、美春は傾けかけていたコップを止めた。
(学は、大丈夫かな……)

 長い時間、雨の中で身体を重ねていたのだ。
 あの雨で美春が体調を崩したのなら、学はどうだったのだろう。強靭な肉体と精神力を誇る男だ、ちょっとくらい長い時間雨に当たったからといってへたばりはしないだろう。きっと、今日も朝から精力的に仕事をこなしているに違いない。
(秘書には誰が就いているのかしら。櫻井係長かな……)
 妥当な線を予想付け、美春は刹那、寂しさに捉われる。
 自分がいなくとも仕事は回る。学は美春との約束通り、更に葉山製薬を躍進させるために尽力するだろう。そのために傍にいる秘書は、自分ではなくてもよいのだ。
(何なの私……。私がいないと駄目だなんて、自惚れてたの……?)
 自問し、美春は切なくなった。
 少し、そう思っていたのかもしれない。――学の傍にいる秘書は、自分でなくては駄目なのだと。

 激しい情緒不安定と発熱。アランに受けた悪戯の動揺、母への罪悪感、すべてが一気に重なり美春はここへ来てすぐアランの腕の中で意識を失った。
 そのあと頭部を冷やされてソファに寝かされていたが、三十分ほどで目を覚まし、解熱剤を呑んでからベッドルームで休んでいたのだ。
 ここには大きめのベッドが二台あり、サイドボードが小奇麗に整理されている雰囲気から、グレースが使っているベッドのようだった。
「まぁ、熱が下がって良かったわ。あの薬で下がらないはずもないけれど」
 水のコップと引き換えに美春から受け取った体温計を眺め、グレースは深く吐息してケースへ戻す。朝三十九度あった熱は、薬を飲んでひと休みした今、十五時を過ぎた時点で三十七度まで下がっていた。
 明らかにこれは薬の効果なのだろう。下がらないはずはないと呟いたグレースは、どこか自慢げだ。もしや、の気持ちで、美春は小首を傾げる。
「あの……、よく効くお薬ですね。もしかして、ロシュティス社の解熱剤だったんですか?」
「ええ。とはいっても、未認可だけど……」
「え……?」
「効果の幅と副作用のリスクが大きすぎて、正規の扱いができないの。アランが開発したものなんだけど、彼の身体には合うみたいだから、長期の出張なんかには持ち歩くわ。ちなみにわたしも大丈夫。まぁ、アレルギーがなければ異常は出ないはずよ。美春にも合って良かったわ」

 美春は言葉を失ってしまった。正規の製品として扱えないということは、未認可薬だ。それは、いくら質の良い薬でも、違法ドラッグと同じではないのか。
 今更ながらハッと口を押さえる。さくらの例を思い出し、もしかして自分は、何か大変なものを飲まされてしまったのではないかとの考えが浮かんだのだ。
 すると、そんな思惑を悟ったかのようにグレースが苦笑する。
「安心してよ。成分的なことからプライベート用にはなっているけれど、ちゃんと人間を使って効果の確認もしているわ。アランやわたしだって飲んだことはあるし」
「あ……、ごめんなさい」
 つい余計な懐疑心をチラつかせてしまった。グレースが気を悪くしたのではないかと思ったが、美春は彼女の言葉に引っかかりを感じ、控え目に訊ねた。
「成分や効果に問題があると分かっている薬品なのに、……人間を検体にしたの?」

 おそらく、正規の研究で作られた物ではないのだろう。
 それこそアランが、人体にギリギリの線で強力な解熱剤を作りたいと思ったのかもしれない。
 けれど、そんな自分勝手な薬品を人間に使うだろうか。通常ならば有り得ないのではないのか。

「――それが、アランよ……」
 だが、常識を求めた美春の考えはグレースに一笑される。
「アランは、自分の研究のためなら手段を選ばない人なのよ。さくらの例を見ても分かるでしょう?」
 美春は目を見開きグレースを見上げた。固まってしまった彼女の手からコップを取り、グレースは首を傾げる。
「言ったでしょう? “彼は悪魔よ”って」

 皮肉めいて口角を上げるグレースを見つめ、美春は学に聞いた話を思い出した。
 グレースの生家、ラファラン家が、営んでいた病院ごと破滅に追いやられた話だ。
 アランの、研究のために。

「ミハル、あなたも一応アランの秘書になるのなら、覚えておきなさい。彼は自分の研究が大好きな人よ。そして、その成果を見るために、手段を選ばない人……」
 グレースは美春から取り上げたコップをサイドボードへ置き、一瞬切なげに目を細めるが、それが気のせいだったのかと思う早さで腕を組み美春を見据えた。
「傍にいる人間は、情け容赦なく利用するわ。自分の研究欲を満たすためにね。――あなたが飲んだ解熱剤だって、三人の被験者は知らないうちに検体にされた。ひとりアレルギーを持っていた者がアナフィラキシーショックを起こして重度の呼吸困難に陥ったけれど、別件の発作として処理されたわ」
 恐ろしい話を淡々と語るグレースを見つめ、美春はその話の中に、おかしな疑問を生じさせる。
「いつもそうなのよ。身近なものを検体にしたほうが手っ取り早いし、結果も早く見られる。とはいえ、アランだって一流の研究者だもの、異常は起こしても即死に繋がるような物を試したりはしないわ。恐ろしい話ではあるのかもしれないけれど、アランがそういった狂気を持ち合わせていることを、秘書になる身ならば覚えておきなさい」
 ましてや美春は、アランの妻になる予定なのだ。
 グレースは驚かしてやろうかとの気持ちをチラリと持ちつつ、立場的に美春が覚えておかなくてはならないことだと思ったのだろう。

 しかし美春は、そんな彼女を不思議な目で見つめる。
(じゃぁ、どうして……)
 アランは常に、身近にいる人間を検体としてしまうような非情な男だ。それは、ラファラン家の悲劇、そしてさくらの例を見ても分かる。
 ならば、なぜ……。
(グレースは……、その対象になってはいないの……?)







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