理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第15章10(垣間見る狂気)

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「アラン、……自分で……脱ぐから……」
 脱がされる屈辱を味わうなら、いっそ自分から脱いだほうが良い。
 肩から下ろされかかったブラウスを儚い力で掴みアランを見上げると、彼の口元が哀れむように上がった。
「ミハルは、綺麗な目をしているな……。泣いた時に潤んだ深く濃い蒼い瞳は最高だ……。――泣かせがいがある」
 学には“藍色の瞳”といわれる色だが、アランは独自の解釈をしたようだ。
 その言葉に不気味さを感じても、恐怖を表す術もない。美春はただ、潤んだ瞳でアランを見つめた。
 彼女の身体を、まるで人形のように胸の中で寄りかけ、アランは栗色の髪を指で梳き、手の甲で頬を撫でる。
「可愛いよミハル。体調が良くなったら、また僕のために笑ってくれ。……なに、すぐに良くなるさ。体力なんて、すぐに元に戻してあげるよ。――僕にはその術がある」

 ぞくりっと、背筋が冷たくなった。またアランが個人的に保有する薬を使われるのかと思ったのだ。
 人間で試験済みなのかもしれないが、危険性がないわけではないのだ。それを思うと、美春の心に恐ろしい憶測が浮かぶ。
 ――もしかしたら、このままアランの傍にいるうちに、自分は薬漬けにされて、本当に彼の傍で付き従う人形のようにされてしまうのではないのだろうか。
 心に渦巻いた考えは美春の表情を怯え歪ませる。すると、彼女の表情を目の当たりにしたアランがいきなり眉を寄せたのだ。
「……なぜ、そんな顔をするんだ……?」
「……え?」
「僕が『笑ってくれ』と言ったのに、……なぜ、そんな顔をする……」
「アラン……?」
 美春の心を更に不安が襲う。アランの口調が憎々しいものに変わり、彼女の頬を撫でていた手がいきなりその細い首を掴んだ。
「……ミハル……、お前まで、僕を恐れて逃げようとするのか!?」

(……“お前まで”……?)
 アランの言葉に疑問を感じた瞬間、美春は首を掴まれたままベッドへ押し倒された。
 まるで学の狂気をその身に受けた時のような戦慄が全身を走る。殺されるのではないかと思うほどの恐怖に身体が固まるが、そこに制止の声が入った。
「――アラン」

 グレースの声だ。その声を聞いた途端、アランの力は弱まる。彼はただ美春を見下ろしていたが、美春には背後から近付くグレースの姿が視界に入った。
 彼女はこんな光景を見ても慌てはしない。まるでこうなる可能性を知っていたかのように、アランの傍らへと近付き、倒された美春の横にたたまれたシャツを置いた。サイドボードにお湯で温めたタオルを置き、指示された仕事を終えたところでアランに問いかける。
「お客様です。お通ししますか?」
「客?」
「――葉山製薬本社、秘書課の櫻井係長です」

 アランより先に、美春がグレースを見上げた。その反応をチラリと一瞥して、グレースはアランへ質問を続ける。
「今はフロントで待ってもらっています。アポはありませんでしたが、帰しますか?」
 表情を曇らせ、アランはひとつ舌打ちした。
『……忠犬め……』

 フランス語で呟かれた皮肉を、今の美春では正確に理解はできない。
 それでもアランが、歓迎の言葉を口にしたのではないということだけは理解できた。 
 どこか名残惜しそうにアランが美春から離れると、グレースは苦笑する。
「ミハルの着替えは、わたしが手伝います。……あんな皮下出血を見てしまったら、アランの気持ちも萎えるでしょう?」
 グレースの視線を感じ、言われた瞬間何のことか分からなかった美春だが、アランがフンッと鼻で笑い「最後の最後にお楽しみか」と蔑んだ態度を見せた時、自分の身体に“何が”付いているのかを思い出した。
 胸の膨らみに、肩に、首筋に、昨日学に強く愛された証が刻まれている。「これを見たら美春を抱くのをやめるだろうか」と彼は頼りなげに望みを口にしたが、どうやらそれは、あながち間違いではなかったようだ。

 アランは櫻井の訪問にだけではなく、このキスマークにも、不快と気持ちの萎えを表していたのだから。

「皮下出血くらい、すぐに治せる。あんなもの」
 忌々しげな口調で呟き、アランは寝室を出ていった。またおかしな薬を使われるのかと、美春の身体はぞくりと震える。
「フロントへ返事をしたら戻ってくるわ。待っていて。もし自分で起き上がれるようなら、着替えていても良いのよ」
 無理だろうとの前提を込めて、グレースは美春にそう言い残しアランの後を追う。櫻井を部屋へ通してから寝室へ戻ってくるつもりなのだろう。
「……係長……」
 櫻井が何の用事で来たのかは分からないが、背筋が粟立つほどのただならない胸騒ぎは、ひたすら大きくなり続けた。

 ***

 ふと時間が気になった。
(……何時になったんだろう……)
 そう思ってしまったのは、遠く正面に見える屋上への出入り口が、ゆっくりと開いたからだ。
 ここの扉を開けて中へ入れるのは、ごく限られた人間。
 そして、ここまで上がってくる可能性のある人間となれば、学が思いつくのはひとりしかいない。

 屋上で座り込んだまま動かない学。
 既に十五時を回り、十六時に近いが、そんな感覚は今の彼にはないだろう。
 何気なく視界に入っていた出入り口のドア。そこから思った通りの人物が現れる。

 堂々とした風格、威圧感さえ覚える双眸、全身から漂い出る威厳と完璧さは、学がずっと目標とし焦がれた人間の姿だ。
 ――そんな、彼の父親が、目の前で立ち止まった。

 踏み潰されるのを待っている虫けらのような目をした息子を見下ろし、一は口を開く。

「……心の休憩は終わったか……? 学……」

 ――――ふたりの間に、青嵐が吹きこんだ……。






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後書き
 こんにちは。玉紀直です。
 第15章、今回でラストとなります。

 すっかり自分を見失った学。
 それは混乱を招き、周囲に動揺を広げました。
 櫻井の言葉も須賀の言葉も通じません。
 そんな中、エリが、美春が、アランに対して疑問を持ち始めました。

 ホテルの部屋までやってきた櫻井。
 学の元に現れた一。
 この展開は、学を、そして美春を、再び動かすことができるでしょうか。

 学がへたれたまま更新休みでは辛くて泣きそうなので(私が(笑))、第16章、このまま続けていきましょう。

 いつもお読み頂き有難うございます。
 こんな展開ではありますが、続けて第16章、お楽しみ頂けますように。
 宜しくお願い致します。





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~ Comment ~

直さん、こんにちは(^-^)/15章お疲れ様でした。
学君ヘタレ…まさかここまでヘタレてしまうとは…。美春ちゃんの力は偉大だったのだなぁー(笑)そんな学君も可愛いですが←おい

桜井さんと一さんが動きましたね。少し風が吹いてくれるんでしょうか?
アランは…やはり笑って欲しいのはグレースなんでしょうね。この二人、アラン次第かなぁー、なんて思うのですが。
16章も休みなしで更新なんですね。無理はなさらずに…でも楽しみです(≧∇≦)
ありがとうございました!

みわさんへお返事です(7/7)

みわさん、こんにちは!

第15章も、有難うございました!

学君………………ヘタれたでしょう…………。
「情けない!」と見放されるレベルかと覚悟しておりました。(笑)
でも、このままではないですから。^^

第16章で、気持ち的に風向きが変わります。
お楽しみ頂けるように、頑張りますね。

宜しくお願いします。
コメント、有難うございました!
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