理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第16章1(心の青嵐)

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「仕事が溜まっているぞ。お前の“ひと休み”は少々長すぎるようだ」
 現状への動揺も、学への気遣いも何もなく、通常と変わらない態度で一は学を見下ろす。
「センター長との面会には私が行った。アポはないが、お前に面会が二名も来ている。なんでも、連絡がつかないとかで直接来社したようだ」
 片手を腰に当て、本来は秘書の役目である伝達をしてくる一を、学はぼんやりと見つめる。そんな用事なら、専務秘書の仮辞令を受けた櫻井が伝えにくるべきだ。
 だが、彼はここへは入れない。おそらく探し回って入るのだろうが、こんな場所にいるとは考えてもいないだろう。
 電話をすれば手っ取り早い。――だが無理だ。学は専務室を飛び出し屋上へ来た時点で、スマホの電源を切った。
 アポなしで来社した人間が誰なのかは分からないが、その二名にしても櫻井にしても、連絡を取ろうにも取れないのは当然なのだ。

 一が目の前にいる。
 いつもの学なら、たとえ家でくつろいでいる時であろうと、父に呼ばれれば立ち上がって姿勢を正す。
 なのに、今はどうだろう。
 ダラリと座り込み、鉄柵に寄りかかったまま学は動かない。目だけが朦朧と一を見上げ、話しかけられているのに挨拶どころか返事もできないのだ。

 ――青嵐が吹く。
 それは、身体に感じる蒸し暑さを軽減してくれるものであるはずだ。
 けれど今の学には、この身体を焼き焦がし吹き飛ばしてくれるものであるかのように感じる。
 いっそ、吹き飛ばして“無”にしてくれとさえ……。

「休みすぎだ」
 動こうともせず口も開けない学を見下ろし、一は溜息をついた。
「言っているだろう。休憩が長すぎる。休んでばかりいるから、余計なことを考える時間が多くなるのだ。その証拠に……」
 口調は静かだ。漂う雰囲気も冷静そのもの。しかしその様子とはまったく真逆の荒々しさで、一は学の胸倉を掴み無理やり引っ張り上げた。
「こんな腐り落ちそうな目をした息子は、初めて見る」
 強烈な力で立たされ、体勢を整える間もなく学は掴まれた胸倉から鉄柵へ叩きつけられた。
 ずっと座り込んでいた体制から、いきなり立ち上がらせられたのだ。ふらつく身体は感覚がなく、足にも力は入らなかった。
 それでも学の身体は崩れない。
 胸倉を掴まれ、そこで押さえ付けられた力だけで、学は人形のように体を支えられていた。一は元より、学だって男の目から見ても長身で精悍なタイプだ。そんな男を押さえ付けているのだから、その力は大変なものだろう。そして、押さえ付けられている側の学も、かなり苦しいのが本音だ。
「……お……お父さ……」
 そのせいか彼はやっと掠れ声を出し、胸倉から押さえ付けてくる一の手首を微弱な力で掴んだ。

「――――辛いか? 学」
 腐り落ちそうだと蔑んだその目を見据え、一は、学の内側へ問いかける。
「自分の“世界”を失い、理想としたものが崩れていくさまは、辛いか?」

 なぜそんなことを、敢えて訊くのだろう。
 辛くないはずがないではないか。学が自分を見失うほど辛いであろうとこは、誰の目から見ても明らかなのだ。
「ならば、取り戻すために尽力しろ」
 不確かにかすんでいた学の眼が、微かに見開かれる。その反応を見逃さず、一は彼に、今するべき現実を叩きつけた。
「失いたくないのなら、取り戻せ」

 ひときわ強い青嵐が起こった。
 ついさっきまで身を焦がしそうな熱さを覚えていたそれが、心の中に淀んでいたものを溶かし落としてくれる熱さに感じられる。

「お前は常に自分の“世界”を守り続けるだけで、失う可能性を知らなかった。守るためなら、どんな決断だってできる。それだから、お前はアラン社長や私の前で『秘書交換には応じられない』という答えを出せた。それは、“守る”ための行動だ」
 あの時、アランの要求を呑むつもりのない返答をしたということは、アランが言った通り、葉山製薬を窮地に追い込む選択であった可能性が高かった。
 だが、一がそこにいると分かっても、学は意思を崩さなかった。
 自分の“世界”である、美春を守るために。

「だが、彼女が決断を出した途端、お前の意思は崩れ始めた。守ろうとした彼女自身に現実を覆されたからだ。お前が守りきれない状況を、守り続けた彼女に作られてしまった。――――そこから、お前の理想も信念も落ち始めたのだろう?」

 あれは、美春が学を守ろうとして出した決断だった。
 美春の行動は、決して間違ってはいない。あの状況で、最善となる解決策など他になかったのだから。
 彼女のお陰で、大きな問題は解決した。
 だが、その後なのだ。
 一は学に問う。
 なぜ、解決した後の始末をしないのかと。

「まだ、終わってはいない」
 学から手を離し、一は彼を睨みつける。
 手を離された途端、急激に息苦しさと痛みを胸部に感じた学は、両手を後ろ手に鉄柵を掴み、数回大きく咳込んだ。掴まれている時は気がつかなかったが、開放されてみると肋骨が折れたのではないかとまごうほどの傷みだ。
 だが、その痛みのせいなのか、それとも一の言葉のせいなのか、学の足はシッカリと地に着き自分の力で立っている。
「まだ終わってはいないだろう、学。お前は、納得いかないまま物事を途中で終わらせる男だったか? ――――まだ、負けてはいない」

 この苦境を乗り越える策は、きっとある。
 数々の試練を、共に手を取り合い打破してきたふたりならば、自分の命さえ投げ出して“世界”を守って来た学ならば、それが見つけられる。
 彼が彼として実行するのならば。不可能ではない。

 まだ、負けてはいないのだ。

 一は、そしてきっと、ふたりに関わる誰もが、それを信じている。






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後書き
 こんにちは。玉紀直です。
第16章、スタートします。

今章では、学と美春に大きな変化が起こります。
どん底のふたりが、何を持って変わっていくか。お楽しみ頂けますと幸いです。

またしばらくお付き合い頂けますように。
宜しくお願い致します。





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みわさんへお返事です(7/8)

みわさん、こんにちは!

第16章の初っ端から一さんが飛ばしてくれましたが……。萌えて頂けましたでしょうか?(笑)
私はもう、ヘタレて一さんにお叱りを受ける学君が羨ましい……(ry いえいえ、可愛くてしょうがなかったです。(おいおい)

一さんから飛ばした第16章も終盤ですが、このまま宜しくお願いします!

コメント、有難うございました!

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