理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第16章2(母と弟の願い)

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「取り戻したいなら、そのために動け。お前のやり方で」
 静かな口調で、しかし恐ろしいまでに抑制された態度の中に貫録を漂わせ、一は学に決断を迫る。
 明らかに数分前とは目つきが変わった息子を見据え、僅かに口角を上げた。
「私はこれから仕事で出る。お前に連絡がつかなかったと言って私に連絡をよこしていた面会人がふたり、そこで待っているから、話しをすると良い」
「え?」
 どうも釈然としない。学に会いたいとやって来たのはアポのない人間だ。
 連絡が取れないと一に言った上で、突然であるにもかかわらず彼が面会を許可するとは、いったい訪ねて来たのはどんな人物なのだろう。
 不思議そうな学を視界に入れ、一は何かを期待する面持ちでクスリと笑うが、何も言葉にはせず出入り口へと向かった。

 鞭打ちながらも叱咤激励をくれた背中を見送る学の目に、屋上を出ようとする一に話しかけ、同じくその背中を見送るふたりの姿が映る。
「どうしてここに……」
 思わず呟いてしまったのは、学だけを訪ねてくるというには珍しい人物であったからだ。
「こんにちは。学君」
 学へ向き直り、ゆっくりと近付いてきたのはエリだ。
 そして、その後を追いながら「こんにちは」と笑顔を向けてきたのは一真だった。
「何度も電話をしたんだけど通じなくて……。だから、一さんにお願いしたの。お仕事の邪魔をしてしまったようなら、ごめんなさいね」
「……いえ、大丈夫です」
 柔らかな労わりを感じさせる口調は、どこか美春を思い出させる。エリが美春に似ているという頭があるせいか、目の前に彼女が立っても学はその顔をハッキリと視界に入れることができなかった。
 それは一真に対しても同じだ。エリの横に立つ美春似の弟を、学はシッカリと見られない。
 似ている人間を見れば、必然的に美春を思い出してしまう。
 辛いのだ。今彼女を思い出すことが。
 ついさっきまでは美春のことばかりを考えていたというのに。彼女のために何もできない、何もしようとしない自分を一から突きつけられ、学の心には美春に対する罪悪感が大きく渦巻き始めている。

 目を合わせようとしない学の姿など初めて見る。だが今の彼にとっては、美春の身内と対峙することさえ辛いことなのだろう。エリはそう察しをつけ、ふと同情的な笑みを浮かべた。
「アランから、私に電話がきたの」
 その言葉に、学の視線が僅かに上がる。エリは隣に立った一真の頭をポンポンッと叩き、言葉を続けた。
「何があったのかは、一真から聞いたわ。美春は、一真にだけ事情を話していたみたいなの。……まったく、そんな大切なことを親に黙っているなんて、姉弟仲良すぎよ」
「お母さん、お姉ちゃんはねっ……」
 反射的に美春を庇おうとした一真だが、そんな彼の心情などお見通しだ。エリはクスリと笑って“あなたは黙っていなさい”とでも言うように一真の唇に人差し指を当てた。
 姉と同じしぐさで“お黙り”をされては、黙らざるを得ない。一真が口をつぐむと、エリは彼が言いたかったセリフを口にする。
「分かっているわよ。心配をさせたくなかったんだって言うんでしょう? 何かあっても、だいたい解決がつくまで『心配させてしまうから』っていう理由で、すぐには話してくれないのが、いつもの美春よ」
 一真を黙らせ、エリは話を学へ移す。
「それでも、美春のことは、いつでも学君が守ってくれていたから、安心できていたのよ……」

 解決してからその話を聞いて、驚いてしまった出来事はいくつもある。美春はどうしてそんなにトラブルにばかり巻き込まれてしまうのだろうと、考え込んでしまったこともある。
 だが、おかしなことに、不安はなかったのだ。
 それは……。
「美春の傍には、いつでも学君がいる。小さな頃から美春を守ってくれている姿を見ていたから、私は、美春があなたと一緒なら何の心配もいらないって、……ずっと思っていた」
 エリは学の両頬に手を当て、視線が合うように顔を傾けさせた。そして、母親の気持ちを託したのだ。
「娘には、一緒にいて幸せだと思える人と、一緒にいて欲しいの」

 瞠目する怜悧な瞳を見つめ、エリの手は離される。だが、その視線が逸れることはなかった。
「美春が、一緒にいて幸せだと思える人は、……アランじゃないわ……」
 エリが何を言いたいのか、それだけで分かったような気がする。彼女もまた、一と同じく学を奮い立たせようとしているのだ。

 ――――幸せを分かち合うべきものを、取り戻してくれと。

 やっと自分の目を見てくれるようになった学に微笑みかけ、エリはひとつの考えを彼に託す。それは、アランとの電話で得た疑問だ。
「アランが本当に欲しいのは……、美春ではない気がするのよ……。と言っても、もちろん私でもないわ。……アランは、美春を誰かの代わりにしようとしている気がするの……」
 アランは、彼が失ったものを取り戻したいと言った。
 彼を美春に執着させ、あれほど荒れさせているものは別にある。その原因となっているであろう、彼が失ったという無垢な笑顔とは美春のことではない。
 何か大きなショックが、彼を病ませ続けているのだ。
 そしてその刃が、今回美春に向けられた。

「学兄さん」
 エリとの話がつきそうな気配を感じて、学の様子を窺いながら一真が口を出す。
 傾けられた顔が一真を捉え、その目がやっと自分を映してくれたことに、一真はとても嬉しくなり安堵した。
「僕の兄さんは、学兄さんだけだよね?」
 人懐こく、それでもどこかズルさを感じさせる笑顔。美春に言わせれば、世界一可愛い弟の笑顔で、彼は学を煽る。
「僕の大切なお姉ちゃんに触るのを許せるのは、学兄さんだけなんだからね」
 分かってはいるが、このシスコンぶりは見ていて楽しい。幼少の頃からよく美春のブラコンぶりと合体し、学をやきもきさせるほどの威力を発揮したものではあるが、やはり心も表情も和まずにはいられない。

「ありがとう……、一真。……エリお母さん……」
 照れ笑いを見せた学は、やっとそのひと言だけを口にすることができたのだが、エリが「さくらちゃんの代理」と言いながら学の頭を撫でたことで、彼は締まりがなくなりそうな口元を隠すのに少々苦労した。







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