理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第16章5(娘を託せる男)

 ←第16章4(天使の叱咤) →第16章6(“お傍付き”たち)

「ただ、問題がひとつある。アラン社長が発症促進剤を作った時、二十五年前の研究内容をそのまま写し取ったのか、それともオリジナルの部分を加えたのか、だ」
 大介は白衣のポケットからメモリースティックを取り出し、学へと差し出した。
「ここに、封印された文献と研究内容のすべてが記録されている。一が、永久保存対象にしておいてくれたお陰だ。僕は、この通りに抗体を作った。アラン社長がオリジナル無しで促進剤を作ったのなら僕の抗体はそのまま使えるが、もしも工程のどこかでオリジナルを加えていたとしたら、僕の抗体は今のままでは使えない。例え僅かな変更であったとしても、効果に差が出るどころか場合によっては生死に関わる反応に繋がるからね」
 差し出されはしたが、学はこれを受け取って良いものなのか躊躇した。
 大介は、中を見ろと言っているのだろう。中を見て、最終的な確認を学にしてほしいと言っているのだ。だが、この話から察するに、その確認とは……。
「確かめて欲しい。アラン社長が保持するデータが、この正規のデータと同じか。学君には、それができる技術があるだろう?」
 アランが保持するデータを早急に探る。もちろん、相手に気付かれてはいけない。彼に関するもののすべては、グレースが管理しているはずだ。ならば、彼女が持つデータに侵入すればいい。
 方法はただひとつ。
 ハッキングだ。

「まだ、負けてはいないんだよ、学君。これは、決して無駄なことなどではない」

 一から聞かされた言葉を、学は大介の口からも聞く。
 ――――まだ、負けてはいない……。

 息が詰まる。差し出されたメモリースティックを見つめ、学は両手を握り締めた。
 この“確認”を、大介は学に託したいという。この場には、彼以上のIQを持つ紗月姫や、IT分野に長けた神藤もいる。それでも、メモリースティックは学の前から動かない。
 例えば、そのままIT事業部へ行って須賀に頼んだって良いのだ。美春の父親である大介から直々に頼まれたとあれば、須賀は大張り切りで仕事に当たるだろう。ロシュティスの研究部門データをクラッキングしたって、彼はデータを持ち出すはずだ。

 これを受け取るということは、学が心を決めるという意味だ。
 大介が差し出したそれを、黙って見つめているのは学だけではない。紗月姫も、そして神藤も、固唾を呑んでその時を待っている。
 ――――学が、決断をする瞬間を。

「こんな確認をお願いするのは、学君ではなくても良いのかもしれない。けれどね、普段ならばともかく、この件は、学君にやってもらいたいんだよ」
 なかなか前に出ない学の手。それを急かすことなく、大介はゆったりと自分の気持ちを口にした。
「これは、さくらさんは元より、何よりも美春を助けるための手段でもある。そんな仕事を他の人間に頼んだら、僕は美春に恨まれてしまうじゃないか。『私を守ってくれるのは学の役目なのに』ってね」
 学の顔が上がる。下がっていた視線は、穏やかな中に力強い笑みを見せる、もうひとりの父親に注がれた。
「僕も……、学君以外の男を、美春を幸せにできる男だと認める気はないんだよ。昔から」
「……お父さん」
「覚えているかな? 君が、美春と結婚したいと僕に言ってきたのは、ふたりがまだ高校三年生になったばかりの時だった。その時も、僕は言っただろう? 美春をさらいに来たのが学君じゃなかったら、叩き出していたって」

 娘を溺愛し、まさしく目の中に入れても痛くない、むしろ入れておきたいまでの勢いで美春を可愛がってきた大介。
 そんな彼に、美春と結婚したいと告げに行った時の緊張感を、学はにわかに思い出した。
 そして、話しあうべきものを理解し合って了解をもらい、「美春を頼むよ」と託された時の大きな喜びを。

 あの時、学は大介から美春を任されたのではなかったか。
 これほどまでに大切にしてきた娘を託せる男として、父親に認めてもらったのではなかったのか。

「僕の大切な娘を、君が“守って”くれるんだろう? 学君」

 大介の手からメモリースティックが抜かれる。
 それを手の中で握り締め顔を伏せた学は、奥歯を噛みしめて肩を震わせた。
 こみ上げる嗚咽を堪えているのかもしれない。誰もがそう思ったが、もちろん声などかけられる状態ではない。そんな中で、口火を切ったのは彼自身だ。
「……紗月姫ちゃん……」
「はい」
「頼みがある……。貸して欲しい物があるんだ……」
「戦車か爆撃機でもお貸ししますか?」
 つらっと言ってのける紗月姫に笑いが込み上げそうになる。突拍子もない煽りに、大介は“お嬢様の戯言”と思っているらしく微笑ましそうだ。……彼女が本気になれば“戯言”ではなくなることを知っている神藤だけは、その傍らで指示待ちのポーカーフェイスを作っている。
 紗月姫の言葉もそうだが、学の返しもとんでもない。
「いいや、持ち歩けるものだよ……。そうだな、すぐに用意してもらえるなら、ロケットランチャーでも借りたい気分だ」
 その選択に、紗月姫は面白いとばかりに口角を上げる。腕を組み小首を傾げて、学を問いつめた。
「以前、私は学さんに、『ロケットランチャーでもお貸ししましょうか?』とお訊きしたことがありますが、貴方は遠慮をしましたね? その時の言葉を覚えていますか? 『世界征服をする時になったら借りる』と冗談のようにおっしゃっていました。――世界征服でもしたくなったのですか?」

 俯いていた学の口角がニヤリと歪む。同時に顔が上がるが、そこにあったのは、奥歯を噛みしめ嗚咽を堪えていた男の顔ではなく、いつものように自信に満ちた不敵な笑みを湛える学の顔だったのだ。
「もちろん、俺の“世界”を、取り戻しに行くんだよ」

 その口調も表情も、いつもの学そのものだ。
 喜びに昂った紗月姫が神藤の言いつけを破る。濡れた床に水飛沫を立てて踏み込み、飛びつくように学へと抱きついたのだ。
「それでこそ、私のお兄様です!」

 ――――“葉山学”が、戻ってきた。





*やっと学に変化が起きました。
 次は美春です。

 引き続き、宜しくお願い致します。


人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第16章4(天使の叱咤)】へ  【第16章6(“お傍付き”たち)】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ツキハラコトセさんへお返事です(7/12)

コトセさん、こんにちは!

やっと学が復活です。^^長いこと「しっかりしろ~こらぁ」と握りこぶしを震わせていただいたと思いますが、ここからはいつもの彼に戻ってもらいます。

ただ、美春がまだへろへろしておりますので、第16章終盤に向けて、何とか頑張って彼女にも復活してもらいたいと思っています。

16章ではご期待の場面まで行かないと思いますが、その時まで、どうぞ宜しくお願い致します。

有難うございました!

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第16章4(天使の叱咤)】へ
  • 【第16章6(“お傍付き”たち)】へ