理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第16章6(“お傍付き”たち)

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『どうやら通してくれるようですよ。今、ふたりが別室から出てきました』
 ヘッドセットから聴こえてくる須賀の声は、緊張した雰囲気は感じさせるものの、トーンは高く興奮を隠しきれないようだ。
 今のところ、相手側の動きも含めてすべて計画通りに進んでいる。こうなると、このまま順調に進み続けてくれるのではないかと、希望は大きくなるばかりだ。
「……女史は?」
 右耳に差し込んだ極小のヘッドセットへ片手を当て、櫻井はフロントから目を逸らす。アラン達の動きはもちろん大切ではあるが、美春の様子を知ることも大切だ。
『出てきたのはふたりだけですね。光野さんは、まだ別室で寝かされているんじゃないでしょうか。今、アラン社長がソファに座って、グレースさんが部屋の電話で何か話しています』
 櫻井はチラリとフロントの奥へ視線を流した。アランが滞在するハイラグジュアリー・スイートに来客の連絡を入れていたフロントの男性が、受話器に話しかけながら櫻井を見る。数回頷き電話を置くと、笑顔でフロント内から出てきた。
「どうぞ。御案内致します」
「有難う」
 須賀が言った通り、面会は許されたようだ。櫻井は男性の後ろについて歩き出した。
『侵入の手間が省けましたね』
 須賀はホッとしているようだが、櫻井は自然と苦笑いが浮かんでしまった。面会を許可されなかった場合に考えていた“スパイごっこ”ができないのかと思うと、少々残念なものを感じてしまう。

 マニフィーク・ヒルまでやってきた櫻井の目的は、もちろん美春を連れ帰ることだ。
 姿を隠してしまった学には相談ができないため、須賀と話し合ったうえで作戦は執行された。
 ここへやってきたのは櫻井ひとり。須賀はIT事業部のオフィスでアラン側の様子を監視し続けている。
 櫻井と須賀の連絡手段は、櫻井がスーツに忍ばせたスマホ、それと繋げたイヤホン並みに小さなワイヤレスのヘッドセットだ。
 面会を拒否された場合は、表立って美春を迎えに行くことはできない。その場合は、ホテル側に気付かれぬよう外からハイラグジュアリー・スイートの中庭へ忍び込み、美春がいるのであろうベッドルームから彼女を奪還するつもりだったのだ。
 そのために的確なナビゲートをするのが須賀の役目だ。彼は監視カメラや時に施設の設備を操作して、櫻井を安全に先へと進ませなくてはならない。
 この方法は、昨年、ハイタワーマンションの一件で使ったものだ。あの時、彼の見事なナビゲートは学や櫻井の行動を助けた。

 ひとまず面会の許可は下りたが、この方法に頼らなくても良くなったわけではない。
 美春を大人しく返してもらえなかった場合は、実行に移さなくてはならないのだから。

 *****

 悔しいくらい身体が重かった。
 着替えは手伝うが、ひとりで起き上がれるようなら着替えていても良いとグレースは言った。できるならばそうしたい。
 簡単なことだ。服を脱いで、借りたシャツを羽織るだけなのだから。
 美春はチラリと視線だけを傍らへ向ける。そこには、グレースが置いて行ってくれたアランのシャツがある。
 だがくやしいかな、美春はアランに押し倒されたその形のまま、ベッドの上で無造作に横たわっていることしかできず、はだけられたブラウスを直すこともままならない。
(身体が……動かない……)
 指先に意識を集中させる。微かに曲がりはするが、それだけだ。
 それでも、目が覚めてから少しの間は起き上がり、やっとではあったが自分で水を飲むこともできた。
 あそこまでが精一杯だったのか。それとも、あの水の中に何か入っていたのか。

 疑い出せばキリがないのは分かっている。だが、解熱剤の件を考えると、与えられるものすべてが疑惑に満ちていくようだ。
「ミハル」
 ベッドルームのドアが開く音と共に、グレースの声が聞こえた。着替えを手伝いに来てくれたのだろうと察しをつけ、首を動かさないまでも、視線だけを大きく流す。するとそこへ、ちょうど良く苦笑いをしたグレースが入って来てくれた。
「予想以上に酷く疲労しているわね……。薬の成分が効きすぎているのかしら」
 美春の横に置いていたアランのシャツを隣のベッドへ移し、彼女は腕にかけていた物を代わりに広げる。
 パステルピンクに近いシルクの光沢。広すぎないスクエアネック、胸の下からギャザーを取って切り替えられたライン、前ボタンが首元から裾まで並び、余計な飾りは一切ないが、女性らしさを感じさせるネグリジェだった。
「櫻井係長が案内されてきた時、ちょうど客室係もやって来て置いて行ったのよ。どうせならこっちに着替えましょう。着替えたら、“元同胞”の顔でも見に行く?」
「……櫻井係長……、もう、ここに来ているんですか……?」
 あれほど動かなかった美春の身体が、ほんの少し傾いだ。








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