理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第16章7(キスマークの違い)

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「櫻井は今来たばかりよ。コーヒーでも淹れようと思ったんだけど、ちょうどレンタルを頼んだネグリジェも届いたし、アランがすぐにミハルに持って行ってやれって言うから、コーヒーはルームサービスに頼んだのよ」
 僅かに首が浮いたのをこれ幸いと、グレースは美春の首の後ろと背中に腕を回し、ゆっくり抱き起した。
「起こせば、少しこのままでいられそう?」
「はい……、すみません」
「タオル、少し冷たくなっているけど、このまま拭くわね」
 起こした背に片手を添え、グレースはベッドサイドからタオルを一本取って広げる。美春の前に屈み、ブラウスを脱がせて腕の先から順に拭き始めた。
 時間が経ってしまったので、身体を拭くために用意されていたタオルは熱いものではないが、かえって適度な温かみが疲労した身体には優しかった。そして更に、身体を拭いてくれるグレースの仕草がとても穏やかだ。
 伝わるいたわりの温かさは、いつも彼女が見せるポーカーフェイスの冷たい表情からは想像もつかない。思わず、彼女は本来とても優しい女性なのだと、思いたくなってしまうほどだ。
 そう前向きに思ってはみても、彼女の件をじっくりと考えられるほどの心の余裕を、今の美春は持ち合わせてはいない。
 彼女の心は、まるでこの倦怠感に支配されかかっているかのように無気力なのだ。
 だが、そんな中ででも、櫻井がここへやってきた理由が気になり、どこか落ち着かないものを感じていた。
 グレースが拭いてくれるまま身体を任せていると、上半身を終えネグリジェを羽織らせてくれた彼女が、ボタンを留めようとした胸を見つめて小さく笑う。
「ミハルにしか感じない……、そう言った理由が、分かるくらいのキスマークね」
「え……」
「ミハルの肌が白いせいもあるけど、真っ赤じゃないの。……こんなに夢中になって吸わなくても良いのに」
 話の意味を悟り、美春は返事もなく頬を染めた。
 学がどれだけ必死になって彼女を抱いたか、見透かされているようで恥ずかしくなってしまったのだ。
「いつもこんなに強くキスされるの? 痛くない?」
 ボタンを留めながら、グレースはブラウンの瞳を美春へ向ける。なぜか彼女が冷やかしではなく真剣に返事を欲しがっているような気がしてしまい、美春は開くのも億劫なくらいの重たさを感じる口を開いて、正直な気持ちを答えた。
「……痛くない……。学だから……きもちいいし……」

 無意識なのか条件反射なのか、美春の正直すぎる回答に、グレースはクスリと小さな笑いを零した。
「わたしの身体にもね、所々に皮下出血があるわ。肌から消えたことがないくらい」
 幸せそうに言うなら、その言葉はノロケに聞こえるのかもしれない。だがグレースはボタンを留めていた手をキュッと握り、辛そうな声を出した。
「おまけに、美春みたいに『きもちいい』なんて思えたことはないのよ。涙が出るくらい痛いだけ。何度失神したか分からない……。それはきっと……、その痛みが、マナブのように“愛情”からくるものではないからなんでしょうね……」

 切なさを感じさせる彼女の声は、美春の胸にキリリッとした痛みを与える。アランとグレースは惹かれ合っているのだと信じたい気持ちの前に、彼女から聞かされる失望に満ちた言葉は、ただただ哀しい。
「でも、そんな役目ももう終わりかしら。……ミハルになら、アランも“痛く”はしないと思うし……」
「え……?」
 グレースの言葉に疑問を投げたるが、その回答をもらえないまま、グレースはタオルを替えて美春の脚を拭き始めた。
 アランの“相手”は、これからは美春の役目だ。グレースはそんな意味を込めていたのだろう。だが、その現実に今ひとつ納得がいかない美春は、彼女へ問いかけた。
「グレースは……、それで良いの……? 本当に……」

 美春の脚を辿っていたタオルが、圧し付けられるように止まる。束の間、息が止まるような沈黙が走ったが、タオルはすぐにさっきとは比べものにならないくらいの強さで動き出し、そしてグレースは、またしても美春の質問に答えることはなかった。
「さぁ、着替えたらちょっと顔を出しに行きましょうか? ミハルが顔を見せてあげたほうが、櫻井も安心して帰るでしょう」
「あの……、係長は何の用事でここへ……」
「それはアランと話をしているんじゃないかしら。……まぁ、何にしろ、馬鹿なことを言わなけれは良いけれど」
「馬鹿なこと?」
 ネグリジェのボタンを裾まで留めて立ち上がると、グレースは美春を見下ろし腕を組む。
「たとえば、『ミハルを連れ戻しに来た』とかよ。せっかく機嫌の良いアランの神経を逆なでするようなことを言わなきゃいいなって思ったの」
「……私を?」
 連れ戻しに来たなどと、そんなはずはない。美春は不信感に眉をひそめた。
 櫻井が美春の件を交えて特別な任務で動くのは、学の指示があった時だけだ。すべてが決まってしまったこの状態で、学が美春を連れ戻す算段を組むはずがない。
 学の指示なしに、あの実直な櫻井がそんな行動に出るはずもないのだ。

 諦めにも似た気持ちが、どこまでも胸に痛い。
 だが、そんな中、美春は心のどこかで“そんなこと”が起こってはくれないかと夢を見ている気がする。
(そんなことあるはずがない……)
 希望を持ちそうになる自分を諌め、心を落ち着かせようとした美春だが、櫻井がやってきたと聞いた時から彼女の胸にある胸騒ぎを、グレースのひと言が不安に変えた。
「ミハルを迎えに来たなんて言ったら、アランの機嫌は確実に悪くなるわ。ルームサービスのコーヒーを彼が受け取れば、間違いなく何か細工をしそう……」
 美春はその言葉の意味に、息を詰めた。







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