理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第16章10(復活する心)

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「……ひどい……」
 眠りに引き込まれたらしく、櫻井はピクリとも動かなくなった。
 胸を押さえたままうつ伏せに倒れ、横を向いた顔は普通に寝息を立てているようだが、前髪が貼り付いた額には汗が滲んでいる。
 例え眠っているのだとしても、動かない彼の姿など美春は見たことがない。櫻井はいつでもシャキシャキと動き回っていて、立ち止まっても口だけは動いているような男だ。そして、立ち止まって無口な時は、丸めた書類で美春の頭をポコポコ叩いている男であるはずなのに。
「酷い……、こんなの……」
 初めて見る、動かない櫻井の姿。それがこんな悲惨な状況であることに、そして、アランの非人道的な仕打ちに、美春は涙が止まらなかった。
 美春を迎えに来てくれた櫻井。彼女がいるべき場所を忘れるなと諭してくれた。諦めていた望みに、希望をくれた。
「櫻井さ……」

 止まらない美春の涙に、グレースさえも戸惑い、何か涙を拭うものはと左右を見回す。しかしアランはそんな美春の心根を察することなく、含み笑いを漏らして自分の都合だけを口にした。
「明日の朝くらいまでは眠っていてくれるだろう。これで美春もゆっくりと休めるというものだ。目を覚ます前に、今後の研究用に採血をしておいたほうが良いな。複数回使用した際の反応も見たいところだが……。日本にいる間は施設的に無理かな……。それでも、葉山の研究室を借りても良いか。ミハルが頼んでくれれば、博士が貸してくれそうだ」
 アランは実に楽しそうだ。すべて彼の思惑通りに事が運んでいるのだから当然だろう。
 だが、彼の笑いを、美春が止めた。
「そんなことをすれば、訴えられますよ」

 アランが怪訝な顔で視線を流す。冷たく静かな声に驚いたのはアランばかりではない、グレースも茫然とするあまり腕の力を緩めてしまった。
「これ以上、櫻井さんに手を出さないで。……彼は、“自分の仕事”をするためにここへ来ただけの、無抵抗の人間よ。そんな彼に、貴方は生死に関わる仕打ちをした……」
 緩んだ腕から抜け出し、櫻井の傍らに進んた美春は、アランを睨み上げる。
「彼は、教育係として部下である私を仕事に戻そうと連れ戻しに来ただけ。……提携契約に関する用件で来たわけでも、貴方に危害を加えようとして来たわけでもない。“葉山の社員”として、やるべきことをやりに来ただけよ。そんな彼に、貴方は手をかけたの。――同意のない者に対する被験者としての投薬実験等。この件に関しては、訴えられても文句は言えないわ」

 目を見開き、アランは美春を見つめる。
 櫻井に寄り添う彼女は、支えられることなく自分で身体を起こし、顔を上げて、力強い目でアランを睨みつけていた。
「……ミハル……?」
 アランは信じられない。
 これが、ついさっきまで弱った心と疲労した身体に負けて、声を出すのも辛そうだった美春なのだろうか。

「これ以上、櫻井さんに何かをしようというなら、私はここへ、葉山の顧問弁護士を呼びます。――葉山専務の右腕を。……彼はきっと、何の躊躇いも恐れもなく、貴方に、二度と太陽の下を歩けなくなるくらいの罪状を、用意してくれるわ」

 清々しいまでの啖呵を切る美春は、いつもの彼女を取り戻したかのように凛然とした態度をとり続けた。
「これ以上櫻井さんには何もしないと約束して。貴方が目的としている検査を行う被験者として、常時近くにいる人間ではない彼は不適格だわ。被験者にしたいなら、私を使えばいい」
 自分を投げ出すかのような発言も、彼女の口調に淀みはない。この非人道的な実験に、自分を使えと。

 美春の変わりように、刹那言葉を失ったアランだが、彼はふっと失笑し、彼女から目を逸らした。
「ミハルは……、時々、信じられないほど強くなる……。エリを庇った時、マナブを守った時、そして、サクライを庇った今……。だがすべて、“他人のため”だ。……自分のためではなく、いつも、人のため、なんだな……」
 呆れるように首を左右に振り、彼は溜息をついて美春に背を向けた。
「何にしろ、サクライをここから動かせない限り、それだけ強がる元気があってもミハルだってここからは帰れないだろう? 今日のところは、都合の良い人質ができたと考えるさ」
「アラン……」
「目覚めたあとのサクライが、これ以上余計なことをしないと約束をするのなら、彼を解放する。辞表だの何だのと、日本人は形式美とやらにこだわりすぎていてイラつくが、それをしろというのなら明日にでも葉山へ戻ってすべて済ませてくると良い」
 アランの気持ちとしては、美春を二度と個人的に葉山製薬へ行かせたくはないのだ。しかしこのままにしておいてはと、アランは別の可能性を懸念する。
 もしかしたら、櫻井の他にも、美春を迎えにくる人間が存在する可能性がないとは言えないのだ。
 ハイジェッターをテーブルへ置き、ソファへと身体を沈めて、アランは美春を見ないまま問いかける。
「……ミハル? もしかして、サクライが失敗したから次は彼の司令官が君を迎えにくるだろうなんて、思ってはいないだろうね?」

 学が美春を奪い返しにくる。
 優位に立っているはずのアランは、何故かその事実を恐れた。

「分かりません……。でも、きっと、……私はそれを、本能的に信じているのかもしれません……」
 美春の声は徐々に小さくなる。彼女は櫻井のスーツのポケットに手を添えながら、倒れた彼の髪の陰に隠れ落ちていた小さなヘッドセットを拾い上げた。
「……学が、……迎えに来てくれることを……。待っているのかもしれない」
 まるでそれに向かって話すかのように囁きかけ、スマホが入ったポケットへ入れる。

 櫻井の耳にヘッドセットが入っていることに気付いた時、彼がひとりで行動しているのではないと気付いた。
 学が関係していないなら、おそらく須賀と通信しているだろうことが推測できる。ヘッドセットに不具合が起きていなければ、また、スマホが切られていなければ、櫻井が倒れたアクシデントも相手側には伝わっているだろう。
 確実に伝わるとは限らない。
 それでも美春は、今の気持ちを誰かに伝えたくて口にしてしまったのだ。

 学は迎えに来てくれる。
 それを、信じたいと。

 自分の心も身体も、そして長い期間をかけて彼からもらった勇気も、学から離れることはできないのだ。
 それを、痛いくらいに再確認して……。

 ――――美春の心は、本来あるべき自分を、取り戻す。






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後書き
 こんにちは。玉紀直です。
 第16章、今回でラストになります。

 学と美春、それぞれの復活を両サイドから見て頂きました。
 最悪の選択を与えられ、悲観的な展開しかなかったところから、やっとふたりが立ち上がります。

 第17章からは、いつもの学の勢いで美春を奪還するためのひと騒動が始まるわけですが……。
 彼にはひとつ、会社のために、跡取りとして考えなくてはならないことを解決しなくてはなりません。
 ずっと問題になってきた、跡取りとしての、大人の決断です。

 今まで好き勝手やられっぱなしでむかむかしていた(?)皆様、次章から、学の巻き返しにご期待くださいね。
 いつもお読み頂き、有難うございます。
 しばらくお休みを戴きますが、再開しましたら、また宜しくお願い致します。


*第17章は、8月5日からになります。





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みわさんへお返事です(7/23)

みわさん、こんにちは!
第16章も、お付き合い頂き有難うございました!

第16章は、もう必死でした。(笑)
なんというか、ふたりを復活させるのに。
美春ちゃんを復活させるために、櫻井さんにはちょっと申し訳ないことになってしまいましたが、「人のために」動く美春ちゃんには、あれが一番心にこたえる出来事であり、復活する強さを引き出してくれるものであったと思いたいです。
彼女の行動から、アランやグレースが何かを感じられるか。
この先、そんな部分も出していきたいと思います。

今日から第17章です。
またお付き合い頂けるよう、頑張りますね。

ありがとうございました!


Re: 8月5日待ってます!(hiromiさんへお返事です7/18)

メールアドレスの記載がありましたので、そちらに返信させて頂きました。
未着のようでしたらご連絡くださいね。
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