理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第17章2(心服の復活)

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 ――――謀反か!?

 須賀の叫び声に気づいたオフィス内。その光景を目にした者すべてがそう思ってしまったのは、IT事業部が男ばかりの部署であるせいもあるだろうか。
 たとえ部署内の会議で、エキサイトするあまり社員同士が掴み合いを始めても、須賀は間に入って「まあまあ」と止めるタイプだ。無理難題な意見をふっかけられても気を荒立てるようなことはなく、理論で突破するタイプであると誰もが知っている。
 それなので、憤怒して乱暴に相手のスーツを掴み詰め寄る彼の姿など、誰が信じられるものか。
 それも相手は、“お傍付き”の誉れを与えてくれている葉山専務だ。
「須賀! 何してるんだ!」
 素早く行動に出たのは、入社当時から須賀の同僚である木村陸だった。
 現在須賀の恋人である悠里がIT事業部にいた頃は、彼女を須賀が預かった親戚だと信じてデートに誘ってしまい、彼の怒りを買ったという経緯もある。性格的にあまり共通点はないがウマは合うらしく、ふたりの良い親友関係は続いていた。
「離せ、馬鹿! そんなことして……」
 木村は須賀の腕を掴み、学から引きはがそうとした。だが腕力とは無縁にも感じる須賀にしては思ったよりもその力は強く、一瞬木村も躊躇する。しかしここで止めなくては須賀がこの先何をするか分からない。普段こういった争いに無縁な人間こそ、いざという時が怖いものではないか。よりによって相手は専務だ、手を出した瞬間に殴り返されるのが必須であるうえ、下手をすれば身体が吹っ飛ぶだけではなくクビまで飛んでしまうかもしれない。
 須賀の同僚として、須賀の実力を知っている者として、木村としてはそうなることを避けたいのが本音なのだ。
 躊躇した一瞬でそこまで思考を巡らせ、親友として自分が殴ってでも須賀を学から引き離さねばならないと考えた木村だが、次の行動を起こす前に、勢い良く須賀の手ごと彼の手も振り払われた。
「意外と、馬鹿力なんだね、須賀さんは」
 乱れた襟を両手で直し、学は肩で息を抜く。穏やかではあるがその声は重く、騒がしいのが常であるオフィス内が緊迫した空気に静まり返った。
「私がするべき仕事をするために、須賀さんの力が必要です。手伝ってください」
「専務の……仕事?」
「私にしかできない“仕事”ですよ」
 ニヤリと上がった口角に、“いつもの”学が見える。須賀はハッと目を見開き、踵を返した彼の背中を見つめた。
「専務……」
 もう一度、確認したかった。今の学の言葉を、彼の表情を。そんな須賀に応えるよう、学は肩越しに彼を一瞥する。
「特別任務だよ。須賀さん、仕事だ」
「はい!」
 木村も驚いてしまう勢いで、須賀は移動準備を始める。パソコンを抱えて、彼は学を追った。
「専務!」
 弾んだ須賀の声に学が振り返り、その端整な相貌に悠々とした笑みを湛える。
 ――須賀が心服する、いつもの葉山学の表情で。

*****

「ミハル、横になりなさい」
 グレースとしては、気を遣ったつもりだった。
 櫻井が倒れてから、美春はずっと彼の傍に付き添っている。
 気丈な姿を見せはしたが、美春だって薬のせいで体力を奪われている。本来ならば、こうして起き上がり座っているのも辛いはずなのだ。
「私が離れたら、今度は櫻井さんに何をするの……」
 だが美春は、グレースの気持ちをストレートに受け入れられないほど頑なになっている。ここへ来てからの出来事を考えれば、それは無理もないことだ。
「これ以上、サクライには何もしないわ。ミハルが言ったのよ? これ以上彼に何かしたら弁護士を呼ぶって。彼は恐らく明日の朝まで目を覚まさないんだから、ミハルも休みなさい」
「私は、櫻井さんの傍についています。途中で目を覚ますかもしれないもの……」
「アランの指示なのよ。ミハルを休ませておけって」
 ミハルは唇を結び、眉を寄せた。アランの指示ならば尚更だ。自分をここから離して櫻井に何かするつもりなのではないか、美春の心には、そんな懐疑心しか生まれない。
 アランは今眠っている。櫻井の一件が落ち着いた頃、彼も自らハイジェッターを使用して何かを自分に投与した。その後、バーカウンターに置いてある粉薬を服用して、ベッドルームへ向かったのだ。
 どこか身体の具合が悪いのだろうかとの考えが浮かんだが、栄養剤の類なのかもしれないと、特に追及はしなかった。それよりも櫻井の容態が気になっていたせいもある。
「アランと同じベッドルームで休むのが不安なら、サクライの横でも良いから休んでちょうだい。途中で目を覚まして何かされたとしても、アランよりはサクライのほうが良いでしょ」
 随分な皮肉だが、美春はムッとしながらも櫻井の傍らに身体を横たえた。
 横になると急に身体が重くなる。気が張っていた分、だいぶ身体に負担がかかっていたのだと自覚できた。
 身体が楽になりホッとした美春の様子を見て、グレースは少し嬉しそうだ。「身体にかけるものを持ってくるから」とベッドルームへ向かう。ほど良く気を遣ってくれるので、アランのように決定的に憎めないのが弱ったところだ。

 美春は、目の前にある櫻井の寝顔をジッと見つめた。
 穏やかな寝顔は、得体のしれない薬で無理やり眠らされたとは思えない。嫌味な表情でも厳しい表情でもない、彼の寝顔は、眺めているとつい口元がほころんでしまう。
(本当は、冴子さんしか見られない顔なんだろうな……)
 そう思うと、得をしたような、櫻井の秘密を見てしまったような気持ちになる。
 そして美春は、そこに学を重ねてしまった。
 彼も、眠る時は美春にしか見せない安心し切った表情を見せてくれる。胸の中に抱き締めて、逆に守ってあげたくなる表情だ。
「学……」
 そんな彼を思い、美春は目を閉じた。
(――信じてるから……。学)

 ゆっくりと眠りへ引き込まれていく中……。
 簡易デスクの上で起動しているグレースのパソコンが、ひとりでに動き出す。
 真っ白になった画面は、数回フラッシュした後ブラックアウトしたかのように真っ暗になった。だが、起動はしているらしく、そこに、読み取れない早さで数式が流れ出したのだ。

 ――その不正アクセスに、気づいた者はいない……。

 そして、そのアクセスがトラップであることを、侵入を図ったハッカーは、まだ知らない。







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