理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第17章4(ハニーポットトラップ)

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 須賀の言葉に動き出したのは、学だけではない。
 今まで須賀の横で、緊張する彼をいじっていた大介も、自分の役目を確認するべく学の傍へ歩み寄ったのだ。
「ところで学君、その研究データのファイルとやらは、言い方は悪いが盗み出すことはできないものなのかい? 良く言うなら、コピーする……というか」
 大介の疑問はもっともだ。対象データのファイルを抜き出してしまえば、あとはゆっくりと目的の文献を探せば良いだけなのだ。だが学の計画では、この場で目的の文献を見つけ出すというものだった。
「できなくはありませんよ。……ただ、抜き出すまでに時間がかかる。おまけに抜き出すとなれば、ファイル自体にセキュリティキーワードが設定されている恐れがあるし、ランダムキーワードなんか設定されていたら最悪だ。そのうちに相手側にハッキングを気づかれ対策を取られたら、抜き出すのは更に困難になるでしょう。……おまけに……」
 画面を見つめ、説明を口にした学の唇は、直後苦笑を形作った。
「須賀さん……、トラップは踏んだようかい?」
 画面に表示されていくファイルはどんどん増えていく。だが、そのいかにも興味を引くタイトルのつけかたに、学はハッカー対策の手段であるハニーポットトラップの存在を疑う。
 説明をしなくとも理解している学にやりやすさを感じながら、須賀もモニターを見つめトラップの存在を危ぶんだ。
「侵入ディセプションが動いていたようです。随時ブロックしていきますが、相手側にこっちの情報を引っ張られる前に終わらせないことには……」
「こっちの情報が相手側に抜かれる可能性は?」
 一介の秘書が持つプライベートマシンだとはいっても、彼女は決して外へ洩らしてはいけない情報を持っている。そのためのセキュリティは万が一を考えて強度に施してあり、ハッカー対策も万全であったようだ。
 そしてそれは、侵入を始めて攻撃ポイントを検索し始めた時から動いていたらしい。
 トラップとはいっても、侵入したハッカー側を逆にクラックしたり、ウイルスを送りつけたりなどの乱暴なものではない。ハッカーの攻撃ポイントを探知し、変数によってしかけられる地雷原を踏ませる。それによってハッカー側の情報が抜かれプロファイルされるのだ。
 さほど危険性のないトラップのように見えて、決してそうではない。
 こちらの情報を抜かれれば、場合によっては大変なことになる。
「――抜かせませんよ。IPの一文字だって抜かせません。絶対にブロックします」
 学の問いに、須賀は当然の答えを出す。彼にとって、そして学にとっても、返ってくるべき回答だ。
「オレはブロックに当たります。専務と室長は確認を。目的のテキストを見つけて、状況的に余裕があるようならそれだけを抜き出してください。――専務、ハニーポットにお気をつけて」
 言わなくとも学ならば分かるだろう。その認識はあっても、須賀は一応の確認と忠言を行う。「了解」の意味を込め、学の親指が立てられた。
(俺が引っかかる“ハニーポット(蜜の壺)”は、美春くらいしか持ってないよ)
 冗談めかして口に出したいところだが、さすがに大介の前では口にできない。大介が移動してきたことで、学はアランの部屋を映していた画像を隠し、自分のパソコンに映し出される画面を連動させた。
 室内の動きは気になるが、美春が倒れている姿を大介には見せたくなかったのだ。
「室長、ファイルを開いていきます。確認をお願いします。『これだ』と思ったら、俺の肩を叩いてください」
 真横に立ち、オフィス用の大きなディスプレイに目を向ける大介に説明を入れる。彼からも了解が返ってくるだろうとの予想で次の作業に移ろうとしたが、大介からは何気ない疑問が返されてきた。
「……学君、……“ハニーポット”って、何だい? 少々、男心が動きそうな名称だね」
 キーから指が滑る。おかしな場所をクリックしそうになり、学は一瞬息を呑んだ。
 ついさっき、“俺が引っかかるハニーポットは……”などと心の中でおどけてしまったせいか、大介の砕けた質問に冷や汗が出る。それでもごくりと乾いた空気を呑みこみ、学は平静を装った。
「ハッカー対策セキュリティのひとつですよ。侵入者側が欲しそうな情報を、わざと目に付く場所に散らしておくんです。本来の目的ではなくそっちに引っかかっているうちに、侵入者側は情報を抜かれることもあります。今回の場合は、外部に洩らせない研究内容ですからね、侵入ディセプションが仕掛けられていたということは、おそらく、コンピューター・フォレンジクスの証拠を収集する目的があるのでしょう」
「コンピューター法科学、とやらかい? なるほど、ハッカーを法廷へ送り込む手段も考えて、侵入した記録や情報を残させるわけだ」
 学は気を取り直し、改めて目の前に並ぶファイルを眺める。
 “secret”や“top”など、思わず手をつけたくなるファイル名に鼻白み、彼は“A”とだけ付けられたファイルにポイントを定めた。
「まあ、法的手段に出られたって、同じく法的手段で返すだけですけどね」
 彼の傍にいる、頼もしい法曹家の姿を思い浮かべ、学はキーを叩いた。






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