理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第17章5(正念場の攻撃)

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『どうしたんだい? グレース』
 すぐに返されるだろうと思っていた返事がない。それによって、会話の間に明らかな空白ができてしまった。
 アランと話している時ならば、こんなことは珍しくはない。「会話する価値もない」そう判断すれば、アランは大切な会議の最中であろうと寡黙に徹してしまう。
 だが、グレースと話していてこんな間ができてしまったのは初めてだ。
 パソコンを介し、グレースとインターネット電話で会話をしていた“彼”は、怪訝を通り越して驚きの声をあげてしまった。
『いえ……あ、……申し訳ありません』
 フランス語で謝罪を口にしたのは、相手がスイスの人間であるからに他ならない。だがその後の言葉を続けることなく、グレースは耳を澄ましぐるりと部屋を見回した。
 明らかに不審な物音が耳に入ってくるのだ。それが何の音か分からない。
(確かに部屋の中から聞こえるのだけれど……)
 小さな音だ。断続的に続くそれは電子音のよう。室内が静かな状態ではなかったら、気がつかなかったであろうレベルだ。いつものようにヘッドホンタイプのワイヤレスヘッドセットを使って通話をしていたなら、間違いなく気づくことはなかっただろう。
 アランはベッドルームで休んでいる。飛び込みの櫻井も眠っているし、美春も張り詰めた神経が楽になったのか目を覚ます気配はない。この部屋で意識があるのは自分だけ。そんな安心した気持ちは、彼女にいつもの装備を怠らせた。
 だがそのお陰で、おかしな物音を感じることができたのだ。
 簡易デスクに置いてあるパソコンの様子がおかしいことに気づく。通常通りスクリーンセイバーが動いているかと思ったが、そうではない。むしろ、動いていなくてはいけないスクリーンセイバーが、動いてはいない。
 フリーズを疑いつつ、グレースは「申し訳ありません、少々お待ち願えますか?」と通話相手に伝え、簡易デスクへ近付いた。
『やっぱり……』
 不審な電子音はそのパソコンから聞こえている。何かのトラブルかもしれないとマウスを取り、彼女は再起動をしようとした。
 だが、スクリーンセイバーが解かれ、本来のデスクトップが表示された瞬間、目を瞠ったのだ。
 デスクトップ中央に、四角く赤い枠組みが表示されている。“danger”の文字はセキュリティ警告だ。
『……ハッキングされているの……? まさか……』
 今までもなかったことではない。社長や会社の情報を狙って侵入してきたハッカーは何人もいる。だが、優秀なシステムエンジニアたちのお陰で、情報を盗まれたことはなかったのだ。
『今度は、どんなハッカーが法廷送りにされるのかしら』
 ふんと鼻白み背を向けるが、気まぐれが彼女に悪戯心を起こさせた。
 万が一の方法として教えられているものだが、今まで試したことはない。だが一度くらいは試してみたい誘惑にかられる。
 グレースはキーボードに手を伸ばし、五つのキーを続けて叩いた。
 断続的な電子音が、長く音を引いたものに変わる。警告表示は点滅を始め、明らかに何かが起動し始めたことを伝えた。
『グレース? おーいっ、どうしたんだーい?』
 通話相手のおどけた声が聞こえる。年の近い男性であっても、こうしたところがアランとまったく違うところだ。
 この先どうなるのか見ていたい気もするが、彼を待たせておくわけにもいかない。グレースは愚かなハッカーの末路を見届けるのを諦め、ソファ前のパソコンへ戻った。
『申し訳ありません。お待たせいたしました、レイン副社長』

 *****

 実際、大介を呼んでおいて良かったと、学は心から思った。
 大介から確認を頼まれておきながら、一番大切な部分を彼自身に任せてしまったのは、少々チャッカリしているというかずるいというか、任せられた責任を転嫁しているようにも取れる。そう思っても、大介をこの場に呼んだのは間違いではなかったのだ。
「次」
 冷静な声が、次のファイルを要求する。目の前で開かれているデータに対する大介の確認は早く、そして何よりも確実だ。
 学でさえも一瞬目を止めてしまうテキストがあっても、大介はすぐに「否」を唱える。
 彼は一瞬にして分かるのだ。その文献が、かつて自分が心血を注いだものと同じ、もしくは関連付けた内容のものであるのか。
 大介を信頼し続けた一と、そして何より愛する妻のために。自分の研究者としてのプライドすべてをかけた研究だ。その一句一文、忘れてはいない。例えそれが、この世から抹殺されたものであっても。
「学君」
 次のファイルに移ろうとしたその瞬間、大介の手が学の肩にかかる。ハッと大介を見上げた学だが、向かい側からも須賀の声が飛んだ。
「専務、強制排除の信号が送られています」
 学の視線は須賀へと移る。手の動きが忙しく変わっているのが、キーボードを叩く音から分かった。
「直接的な攻撃性はないだろうと思っていたのですが……。相手側がハッキングに気づいたか、それとも元々最終手段で攻撃に出るプログラムだったか、ですね。今、信号を粉砕していますが、いつまでもつか分かりません。おまけにブロック作業にも影響します。テキストの確認は……」
 学の答えを聞く前に顔を上げた須賀は、大介が目指した物の確認中であることを悟る。
 文献が見つかったのだ。これが、大介が作りあげたオリジナルと同じ物であるのか、それとも、アランが手を加えたものになっているのか。それを確認しなければ、先へは進めない。
 正念場だ。
 大介の確認が済むまで、何としてもこの状況を守り切らなければ……。

「壊せ」
 緊迫した中で、学の重い声が響く。
 その意味にまさかの目を向けた須賀は、背筋を凍りつかせるかのような学の視線と出会った。
「今、強制ログアウトになんか付き合っている暇はない。確認が終わるまで、この状態を保持する。信号を発信しているプログラムを捜して、クラックしろ」
「……専務」
 視線だけではなく、学の言葉にもゾクリとしたものを感じた須賀だが、気を逸らしている余裕はないのだ。彼にはハッカー探求プログラムをブロックしていく大切な役目がある。
 確かに片方にかかっていれば、もう片方がおろそかになる。学のクラック指示は、今の状況を考えれば適切だ。ただ、これは賭けに等しい。相手側が送ってくる信号が、ハッキングをやめさせるためだけの強制排除プログラムなのか、それとも、抵抗をした瞬間ウイルス攻撃にさらされるものなのか、確認もできてはいないのだ。
 ゆえに須賀は、彼らしくはない戸惑いを見せる。
「ですが……、専務……!」
「突破しろ! 須賀!」
 威圧的な叫び声が、専務室内に響いた。







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