理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第17章10(逆襲の金曜日)

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 「俺は、“葉山の跡取り”であるまま、美春を助けに行くわけにはいかない」

 その話を聞かされた時、信はさほど驚きも感じなかった。
 彼も予感していた部分があるのだ。学が行動を起こすのならば、その選択を持ってくるだろうことを。
 打合せの元に策を講じ、すぐに書類を作成した。
 一に学の辞表を受領させ、葉山家側とは無関係になる旨を書類上で取決する。――それが、今回の信の“仕事”だ。

 そしてこの仕事が完了し、学が葉山の人間ではないと確定づけてから、学が次の行動を起こすことになっているのだ。
 計画を早く進めるためにも、一に書類の確認をさせなくてはならない。学の立場を考えれば彼がこうしなくてはならなかったのだという理由が、一には分かるだろう。
 そう強気でいた信に、一は中も見ないまま書類封筒を差し出した。
「信君……、君の、これからの名誉のためにも、こんな無茶な念書は戻させてもらう。理屈は分かる。学の気持ちも分かる。……どうこじつけたのかは不明だが、実の親子が絶縁できる法律は、この日本にはない。そのくらい、私でも知っている」

 法的な勘当や絶縁。
 実の親子関係にあっても、戦前まではそれができた。
 だが現在では、養親子ならばともかく、実の親子が絶縁できる法的に正式な方法はないのだ。
 法曹を志す者なら知っていて当然だろう。そのうえで絶縁をこじつけた書類を作成し持参したのなら、それは苦笑に値する行為ではないか。
 だが信は、当然の指摘とばかりに表情を崩しはしない。
「もちろん、存じていますよ。僕のためだと思って頂けているのならば、どうか中をご確認ください。『こんなことはできない』と口にするのは、それからでも遅くはありません」
 戻しかけた書類だが、一は信の顔を立てるかのように苦笑いを見せ、封筒を開いた。
 そして、中に入っていた二枚の書類を目に、息を呑んだのだ。

「絶縁自体ができないのですから、その部分は念書に留めます。実際に見て頂きたいのはもうひとつのほう。――“相続人排除”に関する書類です」

 気合を入れたい時にかける癖がついてしまった伊達眼鏡。早急に書類を揃え、どこか仕事を急ぐ彼に、これは美春のためになることなのだと察した涼香がかけてくれた物だ。
 「頑張ってね、信ちゃん」大切な親友を思い、泣きそうな声で励ましをくれた彼女の気持ちを抱えて、彼は親指の腹で眼鏡の下をクイッと上げ、まだ彼が歯向かうことも意見することも許されないはずの人間に立ち向かう。

「民法九八二条で、“推定相続人排除調停申し立て”により、推定相続人が持っている相続権を剥奪する制度が定められています。これを使います。排除対象とするには、推定相続人の不行績が必要ですが、今回の件では、これから起こる葉山学の行動が、会社や親族に対する著しい裏切り行為となるでしょう。ですから、今の段階で葉山学を、葉山家及び葉山グループとは将来的にも無縁であるという公的な形を作りたいのです」

 実質的に、学と縁を切る。
 そういう意味だ。
 後にも先にも、学が何をしようと“絶縁状”という念書を元に葉山家とは無関係だと。
 相続人排除という手続きにより、学には、“跡取り”としての資格を失わせるのだと。

「だが信君、相続人排除に関しては、家庭裁判所の審理が非常に厳しいと聞く。認められたという事例は、少ないのではないのかい?」
 可能な方法を提示されても、一は折れない。彼は更に真実をぶつけるが、折れないのは信だって同じだ。
「はい。とても難しいものになるでしょう。けれど、認めさせてみせますよ。……僕が」

 一は目を見開いて信を見る。
 決意を口にした信の顔は、長年、この会社と一のために英知をふるう彼の父親にそっくりだ。
 次世代たちの力強さに、頼もしくも悔しい気持ちが湧きあがる。成長の中に大きな期待を見出して、一は肩を下げ吐息した。
「……信君は、春先、……辻川の総帥をやり込めたことがあったのだったね」
「え? あ、……やりこめた……、っていうか……、あの……」
 辻川財閥の総帥、紗月姫の父に、やはり美春を救い出す手段として法的交渉の役目を果たした。あれは、つい数カ月前のことだ。
「総司君が“やられた”と聞いた時は、若者ひとりに……などと思ったものだが……。さすがに信悟先生の息子だ。君も、間違いなく父親と同じ異名を取るよ、“無敗の男”とね」

 一は学の辞表をスーツの内ポケットに入れ、そして書類の確認に入る。
 そんな彼の耳に、なぜかヘリコプターのプロペラ音が入り込んできた。

 *****

 美しい朝焼けだった。
 紫がかった朱色。まさかこんな光景を、この朝に見られるとは思わなかった。
「素敵なスタートね。ワクワクするわ」
 楽しげな口調で、漆黒の黒髪をなびき躍らせ、紗月姫はこの光景の鮮やかさに見惚れる。彼女の髪を躍らせているのは自然の風ではない。背後に控えた、辻川家所有の自家用ヘリ、MH2000だ。
 機内から神藤が降り立ち、紗月姫の背後に立った。
「神藤」
「はい」
「楽しい夏休みだわ、最高よ。神藤は、どう?」
「お嬢様のお心が潤っておいでなのでしたら、もちろん、私にとっても最高です」
 クスリと微笑む主人の前に手を差し出すと、紗月姫はそこへ右手を預け、神藤と共にヘリへと乗り込む。そこには、既にひとり先客がいた。

『専務』
 耳にはめた、ワイヤレスイヤホンタイプの小さなヘッドセット。そこから聞こえるのは、須賀の声だ。
『完了です。マニフィーク・ヒルの全セキュリティは、今すべてオレの手中にあります。今なら、金庫だって開けられますよ』
 冗談を言うその口調は、これからを思い興奮状態だ。だが、全身の血が湧き立つ思いを抱えているのは学とて同じ。
「これから出発する。……頼んだよ、須賀さん」
『任せてください』
 ヘリの窓から朝焼けを見つめる。その美しさに表情を和め、学は出陣の花向け代わりに心へ留めた。

「学さん」
 背後に紗月姫が立つ。神藤は一礼して傍を離れ、操縦席へと向かった。
「行きますよ。――――貴方の“世界”を、取り戻しに」

 学は肩越しに振り返り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ああ」
 ひと言だけ返し、再び朝焼けを見つめた。

「……返してもらうぞ……。俺の美春を……」

 ――――運命は変えられる。
 だが、ふたりが紡ぐ運命の愛を、変えるのは不可能だ――――。

 葉山製薬本社ビル屋上のヘリポートから、ヘリが飛び立つ。
 そして、逆襲の金曜日が、幕を開けた。






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後書き

こんにちは。玉紀直です。
第17章、今回でラストになります。

須賀の活躍と、それに続く学の決断。
法的な手段が使えなかった今回、やっと信の見せ場が出せてホッとしています。^^

すべてを元に戻すために、学が学として行動を起こします。
第18章では、色々と解決に向かい始めますよ。

正念場ともいえる第18章は、8月26日から。

またどうぞ宜しくお願い致します!




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