理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章1(運命の朝)

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「ミハル、起きて、ミハル」
 その声によって意識を引き戻されてしまった現実を、美春は少し残念に思った。
 なぜなら、美春はとても楽しい夢を見ていたからだ。
 陽射し降り注ぐ、暖かな葉山家のサンルームで、ごろりっとうつ伏せになってフローリングに寝そべる自分がいる。目の前に置かれたワゴンでは、学がアイスティーを作ってくれている最中だ。
 美春が毎回「美味しいよ、学。神藤さんが淹れたのより上手っ」と、紗月姫の眉が寄ってしまいそうな絶賛を与えていたお陰で、今や紅茶を淹れるのは学の役目。
 彼女の横にレースのコースターと氷の陰が涼やかなグラスを置き、学は美春と顔を突き合わせるように寝そべった。
 ふたりで顔を見合わせ微笑み合うと、いつも通りに唇が近付き……。
 ――――そこで、夢は覚めてしまった……。

 もう、現実には有り得ないであろう光景。
 思えばきっと悲しくなる。ならば夢でも、見ないほうが幸せなのだ。
 けれど美春は、もうあり得ないことであるからこそ、夢くらいは自由にみていたいとも思う。

「起きられる? ミハル」
 開いた瞼から入り込んだのは、心配そうに見下ろすブラウンの瞳。――グレースだ。
 美春は昨夜、少量の水分と果物を口にして、再び櫻井の横で身体を休めた。次に目を覚ますのも同じ場所だと疑わなかった思考に、その瞬間違和感が生まれる。
 反射的に身体を起こし、美春は目を見開いて左右を見回す。そして更に自分の身体を見下ろした。
「何を驚いているの?」
「……あの……、私、どうしてここで?」
 美春が目を覚ましたのは櫻井の横ではなかった。ここは昨日の午前中、ずっと寝かされていたベッドの上だ。
「ミハルが寝入ってから、アランがベッドまで運んだのよ。一日中、夜まで床でなんか寝かせられないって」
「アランが……」
「安心なさい。アランは自分のベッドで寝ていたから、何かされたわけじゃないわ。――眠っていたり気絶したりしている女は嫌みたいよ。騒がないから。……覚えておきなさいね」
 意味深な言葉に、美春の表情は曇った。「覚えておきなさい」という忠告が、これからの自分を知らされているようで胸が詰まる。
「だいぶ身体も回復していると思うけど、どう? シャワーは使う? 昨日着ていた服のクリーニングも届いているわ。朝食をとって、今日は葉山製薬へ最後の挨拶へ行くのでしょう?」
「あ……」
 続けざまにこれからしなくてはならないことを口に出され、美春の思考は戸惑う。昨日の余韻はまだ残っているようで、頭がなかなか回らない。
 とにかく今日は、櫻井と一緒に一度葉山製薬へ戻らなくてはならないのだ。秘書課で退職の挨拶をして、形式上、退職届も書かなくてはならないのだろう。
 いまいちハッキリとしない様子が窺える美春に苦笑し、グレースは彼女の背を叩く。
「シャワーでも浴びてスッキリしてらっしゃい。ひとりで入るのが寂しいなら、サクライとでも仲良く入る?」
「櫻井さん、目が覚めたの!?」
 櫻井の名前を出され、美春の思考は急激に動き出す。彼と一緒にバスルームを使うかなどとからかわれた動揺より、美春は彼が目を覚ましているのかという疑問と、ひとりで放置されている彼が、また何かの被験者にされてはいないかを危惧する不安を大きく感じた。
「まだ眠っているわ。薬は思ったより良く効いたみたい。彼くらい精悍な男なら、夜中に目を覚ますのではないかと思っていたけれど……。彼も昨日からあの体勢で倒れたままだもの。シャワーでさっぱりさせてあげたいところね」
 美春の慌てぶりを見て、見当を付けた疑問に応えてあげたつもりではあったのだが、彼女の不安げな表情はまだ消えない。もうひとつの疑問を察し、グレースは溜息をついた。
「昨日から、何度も『サクライには手出ししない』と言ったはずよ。信用できない美春の気持ちは分からないことはないけれど、そこは信じてちょうだい。わたしはもちろん、アランだって、夜中にこっそり何かを投与したなんて有り得ないから」
「本当に?」
「一晩中、アランのベッドで一緒にいたわたしが言っているのよ。間違いないわよ」
 さすがにこれを言われては、口をつぐまざるを得ない。グレースとしては、これからの美春の立場も考えて口にするつもりはなかったのだが、あまりにも美春が疑うので納得させるためにはしょうがなかったというところなのだろう。
 アランとグレースが男女の関係にあることを知っている美春としては、そんなことを聞かされたとて何の感情も湧きはしない。ただ、こんなふたりの間に、自分が入り込むべきではないという気持ちが大きくなるだけだ。

 疑問と疑いが晴れたところで、美春はゆっくりとベッドから下りる。少しふらついたが、立ち上がり歩くことに支障はないようだ。
「サクライを起こしてみるわ。先にバスルームへ行っていて」
「櫻井さんが起きても、『一緒に入る?』とかからかわないほうが良いですよ……。『この世に女があいつしかいなくなってもごめんだ』って、怒りだしますから」
 美春の返しに、グレースは笑い声をあげながらベッドルームを出ていった。
 美春は大きく吐息し、肩を上下させてから天井を仰ぐ。
 頭も身体もまだ少し重いが、昨日よりは楽だ。
 サイドボードの時計を確認すると、午前四時三十分。随分と早い時間に起こされてしまったものだと、美春は苦笑した。
 色々と準備もある。昨日から寝てばかりだったので思考能力も落ちているだろう。少し長い時間意識をハッキリとさせておいたほうが、葉山へ行ってから頭も回るというものだ。
 ゆっくりとベッドルームから出ていくと、ソファに座っていたアランが笑顔で顔を上げる。
「おはよう、ミハル」
「……おはようございます。アラン」
 彼はタブレットでスイスの新聞を見ながらコーヒーを飲んでいた。横へ視線を向けると、グレースが櫻井に声をかけ、彼の肩をゆすっている。
 だが彼が目を覚ます気配はない。どんなに呼びかけられても、ピクリとも瞼が動かないのだ。
 それでも寝返りはうったらしく、昨日と同じ左側を下にした状態ではあるがスーツに乱れがある。楽になるようにとボタンを外してあげていたスーツの身頃が、大きく開いて肩から落ちそうになっていた。

 ぴくりっと、おかしな耳鳴りを感じた。
 何かの予感に、美春は大きな窓を振り返る。
「どうしたんだい? ミハル」
「あ、いえ……、朝焼けが綺麗だなって……」
「ああ。四時頃のはもっと綺麗だったよ。その時に起こせば良かったかな?」
 楽しげに話すアランの声も、美春の耳には入らない。

 ――彼女の耳は、聞こえるはずのない、ヘリコプターの羽音を感じ取っていたのだ。

(これは……)

 何かが起こる。
 そんな大きな直感と共に、荒ぶる感情の波が、全身を襲ってきた瞬間だった――――。







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後書き
こんにちは。玉紀直です。
第18章、スタート致します。

第17章のラストを覚えてくださっていますでしょうか?
これから始まる学の反撃を思わせるものでした。この逆境を覆すために、彼が乗り込んだのはヘリコプターです。
そして今、美春は姿も見えないヘリの気配を感じ取りました。
さあ、二人の心がシンクロし始めますよ。

第18章は学の反撃編です。 
長い長いシリーズ、そしてこの第12部、苛々する展開も多かったことと思いますが、ここまで読み進めてくださった皆様に、感謝を込めて佳境後半をご覧いただきたいと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。





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~ Comment ~

直さん、こんにちは(*^^*)
始まりましたね〜18章!!待ってましたよー、楽しみにしてました(^^)

そういえば、17章の感想コメしてなかった(・・;)す、すいません(>人<;)
17章は、18へと繋がる学君完全復活でしたね。専務お墨付きも最強の従姉妹も学君を押して支えてくれてます。
信君の書類のからくりも気になるしー。
ワクワク感、ハンパないです(笑)


みわさんへお返事です(8/26)

みわさん、こんにちは!

第18章、はじまりました~~。(≧∇≦)
自分でもソワソワしながらの開始です。
ここに繋げるために、第17章は必死でした。
学に、シッカリと“準備”をさせなくてはならなかったので……。

佳境後半、お楽しみ頂けるように頑張りますね。
いつもありがとうございます。

よろしくお願い致します。^^

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