理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章2(奪回のタイミング)

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『この近くに、取り壊しになるような建物があったかしら?』
 美春をバスルームまで送ったグレースが戻ってきた時、彼女は怪訝な表情で小首を傾げていた。
 無視しても良いような話ではあったが、アランはタブレットから顔を上げる。
『何かあったのか?』
『ええ。フロントからのメッセージカードが入っていてね、近隣で建物の解体工事があるんですって。早朝からお騒がせします、申し訳ありません、って』
 グレースの手には、朝刊と一緒にふたつ折りのメッセージカードが携えられている。美春を送ったついでに朝刊を取りに行き、一緒に挟まっていたホテル側からのメッセージカードに気づいたのだろう。
『解体作業は専門の会社がやるんだろう? 他人の仕事が原因で起こる騒音を、わざわざホテル側が謝るとは……。日本人ってやつは……』
 鼻白もうとしたアランは、寄りかかった眉間のしわをふっと元に戻した。
 学を、そして櫻井を、他人のために自分を奮い立たせて守ろうとした、美春の姿を思い出したのだ。
『急に決まったのかしらね。以前から決まっていたなら、昨日にでもメッセージが入っているはずだもの』
『仕事の都合だろう。一日中うるさくなるわけでもないんだろう? ああ、でも、早朝から始めるってことは、しばらく騒音が続くのか?』
『耳障りになりそうなら、アランも出かける?』
 問いかけながら、グレースは新聞とカードをアランに手渡す。受け取りはするが、一瞥だけしてフンッと鼻を鳴らしテーブルへ放ると、彼は再びタブレットに映るスイスの新聞に目を通し始めた。
『そうだな。なんなら、ミハルと一緒に葉山へ行ってきても良いな。“元ボス”に泣いて引き止められでもしたら、ミハルは優しいから、また情が移ってしまうかもしれない』
 喉の奥で笑い声を漏らすアランから顔を逸らし、グレースは簡易デスクの前へ歩み寄った。パソコンを起ち上げようと思ったのだが、伸ばしかけた手は途中で止まる。
(何の音……?)
 同じ音量、同じトーンで、何か機械的な音が聞こえてくるのだ。
(ヘリコプターの音?)
 音自体はその羽音に限りなく近いと感じる。しかしヘリコプターならば移動していくのだから、音が小さくなっていくのが普通だ。だがその音は、ずっと同じ大きさで聞こえてくる。
 ――――まるで、一カ所で留まっているかのように。
 訝しさを覚えながら、グレースはパソコンを起ち上げた。

 *****

『ホテル側には、あらかじめ偽情報を流してあります。近隣で解体工事をするというものです。これで、ある程度の大きな物音は工事によるものだという認識がされるでしょう。まあ、時間が早すぎる気もしますが、そこは、宿泊客の出入りや行動時間が少なく、ホテル側への苦情や影響が一番緩和されると思われる早朝を選んだということで、説明をしました』
 須賀の説明を聞きながら、学は手元にある長細いジュラルミンケースを開いた。
 中に入っている物を眺め、自然と浮かぶ不敵な笑みのまま、ヘリコプターの窓から外を見る。
「須賀さんのずる賢さは、最高だよ」
『“ずる”は余計ですよ、専務っ』
 楽しげな笑い声が、右耳に嵌めこんだワイヤレスイヤホン型のヘッドセットから聞こえてくる。だが、須賀の声はすぐに真剣みを帯びた。
『光野さんが、窓辺へ寄ってきました。上を見ていますから、きっと、ヘリの音に気づいたんでしょう。――光野さんが、見えますか? 専務』
 ヘリは今、マニフィーク・ヒルのハイラグジュアリースイートの中庭上空で、空中停止を続けている最中だ。
 はるか上空。こんな場所から美春の姿が見えるはずはない。だが学は、不敵な笑みを一瞬和め、柔らかな声で答えた。
「ああ。もちろん、見えるよ」

 本当に見える気がするのだ。
 大きな窓に貼り付いて、上空を見上げる美春の姿が。
 きっと彼女には、このヘリが辻川財閥所有のヘリであることが直感的に分かるだろう。このヘリが姿を現したことに、きっと希望を持ってくれるに違いない。
 学が迎えに来てくれることを、信じている。儚い望みをかけて口にし、須賀が受け取ったあの言葉のままに。
 ――――学が、迎えに来たのだ、と。

 タイミングをはかるため、既にヘリは十五分以上この場にいる。
 ホバリングは風やダウンウォッシュなどの妨害を相殺しながら行う高度な技術だ。だが操縦席に座る神藤は、特に難解な様子を見せることなくこなしていく。彼が見せる余裕のお陰で、学もゆっくりとタイミングを窺うことができていると言えるだろう。
 タイミングを待っているのは学だけではない。
 紗月姫も、そのひとりだ。
「神藤、こちらの準備はどう? “彼”はホテルに到着したのかしら?」
 学の手元を覗き込みつつ、神藤へと問いかける。操縦に神経を向けながらも、彼は肩越しに振り返りにこりと余裕の笑みを見せた。
「水野が迎えに出ていましたが、もうすぐホテルに到着するようです。あわせて、お付きたちも到着目前のようですよ。今回は一般客を巻きこんではいけないということで、統括本部から腕に覚えのある専属SPも数名同行しております」
「どんなテロリストが襲ってきても大丈夫そうね」
「もちろんです。お嬢様」
 計画の進み具合を口にする神藤も楽しそうだが、聞いている紗月姫はもっと楽しそうだ。
 紗月姫のお付きたちといえば、辻川の精鋭といわれる部類の男たちばかり。それに加えて、辻川財閥統括本部の専属SPの中から猛者を集めて手配したという。
 そんな話を笑顔でし合うのだから、傍で聞いている学としては「この、似たもの夫婦」と心の中でからかわざるを得ない。
「こちらの準備は万端ですわよ。学さん」
 まるで心の中でからかわれたことを悟ってしまったかのように、紗月姫は学の頭を手のひらでペシッと叩く。相変わらず勘の良い従妹に苦笑いを見せ、学はジュラルミンケースの中に入っている物を取り上げた。
「しかし、よく昨日の今日で用意できたね。こんな物……」
 ――鈍く輝く、ロケットランチャーを……。






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ツキハラコトセさんへお返事です(8/27)

コトセさん、こんにちは!

第18章、始まりました!
今までモヤモヤしていた分、少しでもスッキリ(?)して頂けるように、学には「これでもか」ってくらい彼らしい行動をしてもらおうと思います。

大絶賛してもらえるように頑張るっ。(笑((o("へ")o)) 

ひと言でも叫びたい時はいつでもどうぞ。^^
コメント、ありがとうございました!

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