理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章5(神と悪魔の違い)

 ←第18章4(選ばれた者の誇り) →第18章6(抗体という切り札)


「跡取り、じゃない……?」
 驚いたのは、アランやグレースだけではない。
 学の言葉に美春も息を呑んだ。
 彼の決断と行動に言葉を失いかけたアランだが、彼は何故かその潔さに忌々しさを覚える。
「馬鹿か……。ひとりの女のために、すべてを捨てたか……」
 湧き上がる嫌悪感。だが何故だろう、学の行動に、彼は心のどこかで羨望を覚える。

「ああ、馬鹿だよ」
 静かに返答をし、学は銃口を強くアランの頭に押し付ける。
「馬鹿のついでに教えてやる。……アンタは、以前俺を『神様みたいな男』と言ったな? アンタは嫌味のつもりだったんだろうが、その言葉は間違いじゃないかもな。俺は今、神と同じ心境だ」
 不敵な笑みと連動していただけだった瞳が、段々と異質なものに変わってくる。学のそんな変化に、すぐに気づけたのは美春だけだろう。

「アンタは、自分のことを“悪魔”だと言った。知ってるか? 聖書の中で、その悪魔が殺した人間の数はほんの数人だ」

 学の双眸が、滅多に見られない様相を湛える。
 それは、美春に関して彼が怒りを覚えた時にだけ発動される目だ。

「だが神は、“自分の世界を守るため”に、数百万人の命を奪った。……俺も、“美春を守るため”になら、数百万の命を奪うに値する行動が起こせる自信があるよ」

 今の学に宿ったのは、猟奇。
 この目をした時の彼は、相手を殺してしまっても構わないと思うほどの憎しみを抱いている時なのだと、美春は知っている。
(学……)
 彼の強い思いが胸を締めつけ、美春は息も止まりそうだ。

 このまま放っておけば、学は本当にランチャーのスイッチを押すだろう。例え押さなくとも、瞳に宿った猟奇が姿を消すまで、彼はアランを殴り続けるかもしれない。
 そんな学の猟奇的な行動を止められるのは、この世にひとりしかいない。
 幼い頃から、彼に守られながらもストッパーになり続けていた。美春だ。
「学……」
 こんな目をした学は久し振りに見る。美春と気持ちを通じあわせ愛し合うようになり、彼も人間的に成長するに従って、こんな目をすることはなくなっていたのに。
 ただ我武者羅に美春を守ってきた少年時代。感情にだけ従って動いてしまう、そんな危うい激情を甦らせるほどに、今の学は憤っているのだ。
 美春のためなら、人の命を奪うことも厭わないほど。

 “自分の世界”のために、彼は今、自分自身のすべてを懸けているのだ。

「――――何ができる……」
 シンッと静まりかえった室内。いつの間にかヘリの音さえ聞こえなくなっていた中で、アランの重い声が問う。
「跡取りではなくなった? 葉山を捨てた? そんな君に、何ができる? ずっと跡取りとして育てられ、特権階級の中で生きてきた君が。それをすべて捨てて何ができるっていうんだ」
 顔は学へ向けたまま、視線だけを横へ流し、アランの瞳は美春を捉える。
「ここでミハルを奪い返して、そしてどうする。……先が見えない未来に絶望して、心中でもするのか?」
 地位も名誉も捨てて。――言葉で言うなら、それはとても勇猛な精神を感じさせる。
 だが、現実は甘くはないのだ。
 今まで地位と名誉の中で生きてきた人間が、それをすべて捨てるという現実が、どれほど惨めで耐えがたいものであるか。
 人に頭を下げられながら生きてきたお坊ちゃんに、耐えられるはずがない。アランは現実を叩きつけ、学へ厳しい視線を戻した。
「その鉄の塊をどけろ。……今なら、見なかったことにしてやっても良い。君のこの愚かな茶番も、楽しい余興なんだと思ってやろう」
 最大限の情けをかけ、猟奇と狂気が出会う。
 誰もがすくみあがらずにはいられない学の猟奇的な瞳を正面から受け止められるのは、アラン自身、それと酷似した狂気を秘めているからだろう。

 突き付けられた現実は、もちろん美春にも関係したことだ。
 学が彼女を連れ去れば、美春は、跡取りでも御曹司でもない、ただひとりの男に着いて行くことになるのだから。
 だが、そんな訪れるべき現実に、美春はひとかけらの不安も持ってはいない。

 美春の手を取ろうとしてくれているのは、“学”だ。
 そこに、何の不安があるだろう。

 未来を思い、不安を見出さない心。そんな彼女に応えるように、学は不敵な表情をにこりと笑ませ、大袈裟に美春を振り返った。
「この先は、そうだな、早急に準備を進めて、起業しようか。美春っ」
 極めて明るい口調。今の状況には不釣り合いなほどの爽快さを漂わせ、学は未来に希望を置く。
「今度はお前、社長秘書だぞ。でも、最初のうちは雑用から経理までこなさなきゃならない社長秘書だけどな。なぁに、すぐにデッカイ会社にしてやるさ」
 夢物語のように嬉々として話す学。だが、美春には分かる。
 これは、夢物語ではない。
 彼は、やると言ったら絶対にやる。
 希望や夢や理想を、すべて現実にしてしまう男ではないか――――。

「俺、営業でも何でもやりますよ。外面の良さは女史のお墨付きですからね」
 楽しい話になれば黙ってはいない。美春の肩をポンッと叩き、ハハハと笑い声をあげながら櫻井が口を出す。
 良いですか、などという問いかけは要らない。彼は既に、何があっても学に着くことを決めている。
『オレもーっ。電話番でも苦情処理でも、なんでもやりますよー!』
 ヘッドセットから聞こえてきた嬉しそうな須賀の声は、学と櫻井に届き、ふたりは同時に噴き出した。

 地位と名誉の中で生きてきた人間。アランはそう言った。
 確かにそうかもしれない。だが学は、その環境の中で、ただ自分の立場に甘えて生きてきた人間ではないのだ。
 失えば、取り戻そうとする不屈の精神が、彼にはある。

「美春がいれば、俺は何だってできる。そのうち、ロシュティスを追い詰めに行ってやるよ」
 学は改めてアランに銃口を押し付け、楽しげな笑みを不敵な表情の中に隠した。
「“神様は神様らしく”……どんなことをしてでも自分の世界を守ろうとするものだ。……“神のやり方”でな。――“悪魔”には、分からないだろう」
 今まで与えられた蔑みのすべてを、学はアランへ返す。
 
 最後のチャンスとばかりにランチャーを構え直しスイッチに指がかかる。その時、制止の声が飛んだ。
「やめて!!」
 だがそれは、美春の声ではなかったのだ――――。








人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第18章4(選ばれた者の誇り)】へ  【第18章6(抗体という切り札)】へ

~ Comment ~

NoTitle

おはようございます。

 学君はそこいらに転がってる御曹司とはちょっと違うのよ!
 アランにはその根性が足りなかったのと、サポートしてくれる仲間がいなかったから悪魔になっちゃったのかな?
 学君には引き金引いて欲しくないけど、できればアランをぼこぼこにして根性をたたき直すくらいのことはして欲しいわぁ!
 桜井さんも須賀さんもかっこええです!(笑)
 滅多にコメ書かないくせに連日の書き込みでスミマセン^^

MIDORIさんへお返事です(8/30)

MIDORIさん、こんにちは!

そうそう、学君はそんじょそこらの坊ちゃんとは違うのよ!(笑)
アランは、頭が良すぎて一族の中でも孤立してしまったのが、歪みの原因でもあるかもしれませんね。
ボコボコに殴り倒すわけにはいきませんが、それと同じくらいの変化を、彼にはあげたいと思っています。

連日書き込み嬉しいですよ!
気になるところがあればいつでもどうぞ。
頑張りますね。
有難うございました!!

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第18章4(選ばれた者の誇り)】へ
  • 【第18章6(抗体という切り札)】へ