理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章6(抗体という切り札)

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「アランを撃てば、抗体は渡さないわ!」
 その言葉は、とっておきの切り札だったのかもしれない。
 “美春”という存在の他に、もうひとつ学の動きを抑え込めるもの。
 それが、母親であるさくらの存在だ。
 たとえ葉山と絶縁するのだと豪語しても、実の母親を見殺しにはできないだろうことが、今までの経緯から分かっている。だからこそ、この窮地にグレースは抗体を盾にしたのだ。
 ――アランを庇うために。

 バーカウンターから飛び出し、グレースは学の傍へ駆け寄ろうとした。だが、そんな彼女をチラリと一瞥した学の目に、アランからも受けたことのない恐怖を感じて足がすくんでしまった。彼女は美春の横で止まったまま動けなくなってしまったのだ。
 身体を固めたグレースに鼻白み、学は楽しそうに言葉を出す。
「いらないよ。そんなもの」
 その言葉に瞠目したのはグレースだけではない。学の口から出るはずのないセリフに、アランさえも眉を寄せた。
「アンタたちから施される抗体なんて、いらない」
「ミセスさくらを……見殺しにするの……」
 学の目に怯えながらも、グレースは掠れた声で反論をする。自分の感情を露わにしたその表情は、いつもポーカーフェイスに徹している彼女からは想像もできない姿だ。
 だが美春は、そんなグレースの中に、アランのために自分を捨てて立ち向かってくる、健気な想いを見たような気がする。

「葉山製薬には優秀な研究者がたくさんいる。その中でも一番の博士に抗体を完成してもらった。もう、アンタたちの機嫌を窺う必要なんてない」
「いい加減なことを言うな」
 学の言葉に、すぐさま異を唱えたのはアランだ。彼は下から学を睨み上げ、研究者としてのプライドを見せる。
「僕が、ひとつの文献からアレを完成させるまで、どれだけの時間がかかったと思っている。そこらへんでチマチマした研究ばかりしている研究員が、数時間で抗体を作り出せるような代物じゃない」
「……そこらへんの、研究員?」
「もし葉山に同じ文献があったのだとしても、一から促進剤の内容を網羅したうえで、抗体の研究にかからなくてはならない。そんなことも分からないと思うな。ハッタリも大概にしろ。追い詰められて口が滑ったのか、マナブ」
 こんな短時間で抗体が仕上がるはずがない。それはアランやグレースだけではなく、美春にも同じ疑問を落とした。
 だが、ふと思い出したのだ……。
 アランが利用した発症促進剤の論文を書いた謎の研究員は、葉山の社員であるという話を。その本人ならば、早急に抗体を完成させることができるのではないか。
(まさか……)
 大きな衝撃が全身を走った。
 有り得ない。けれど、確率的に高い推測が鼓動を高める。
(――お父さん……?)
 ずっと研究室にこもっていた大介。まさに、美春がアランの元へ行くと決めた、あの運命の日から。

 学の強がりだと決めつけたアラン。
 だが、刹那の静寂を破り、学は声高に笑い出したのだ。
「ひとりだけいるんだよ! 完成させられる人間が!」
 覗く必要のない照準を覗き、学は面白がって焦点を合わせる。この至近距離では悪ふざけとしか映らない行為だというのに、グレースは息を呑んで飛び出して行こうとした。
 いつもの彼女が持つ冷静さで考えるのなら、すぐに冷やかしだと悟って動揺など見せないはずなのに。しかし今の彼女は、自分を繕うことよりアランの身を案じることしかできなくなっているのだ。
 美春にもそれが分かったのだろう。彼女は背を向けたままグレースの前に腕を伸ばし、先へ進もうとする足を止める。美春の行動をサポートするように、櫻井がグレースの腕を掴み、完全に動きを封じた。
「離して……! 学が撃ったらどうするの!」
「――――撃たないわ」
 完全に動揺を見せるグレースに、美春の静かな否定が与えられる。
「私が……撃たせない」
 腕を引き、グレースに言葉をかけながらも、美春の瞳は真っ直ぐに学を見つめた。
「彼を止められるのは、私だけだから。信じて……」

 美春を守れるのが学だけであるように。
 学を止められるのは美春だけだ。
 ふたりは、互いに互いを求め必要としながら生きてきた。
 常に心を通わせ、シンクロしながら。
 それは、これからも変わらない。――たとえ、何があろうと。

「学」
 数歩前へ進み、美春は学を見上げる。
「やめて。撃っちゃ駄目よ」
 美春を見つめ、藍色の瞳に見つめ返され、彼の猟奇は浄化される。
 テーブルの上に立ったままランチャーを下げ、入れ替わるように怜悧さを取り戻した双眸を見つめて、美春は学にだけ向ける笑顔を浮かべた。
「私にも、説明してくれるでしょう? 抗体の件と研究者のこと」
「もちろん」
 学もニコリと笑み、メインルームから出入り口へ続く廊下を振り返った。
「須賀さん、用意はできているかな? 開けてくれ」
『お待ちかねですよ』
 カチャンッという小さな金属音。そして、このハイラグジュアリー・スイートのドアがひとりでに開いた。
 もちろんドアは施錠されていたのだ。アランやグレースは誰が開けたのだろうと不思議に思うことだろう。だが、学や櫻井、そして美春は、これが須賀の仕業であることを分かっている。

 注目の視線が集まる中、ふたりの人間が姿を現した。
 その姿を見て平然としているのは、学と櫻井だけだ。美春はもちろん、グレースも、そして、何より一番驚いているのはアランだろう。

 入ってきたのは、白衣姿の大介。
 そして彼が押す車椅子に乗った、ひとりの女性。
 いつもと変わらない、優しく気丈な笑顔を湛えた、さくらだったのだ。







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