理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章7(裏方の雄姿)

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「みっともない……」
 室内へ入ってくるなり、さくらはそう呟き溜息をついた。
 彼女の視線は学へと向けられている。つい数時間前まで“息子”であった男へ。
「テーブルへ靴のままで上がるなんて。なんてお行儀が悪いのかしら。いくら絶縁した仲でも、そういう態度は許せないわ。育てた親の品格まで疑われてしまうじゃない」
 厳しい言葉に苦笑し、学はテーブルから下りる。「すみません」と口角を上げ頭を下げると、さくらにしては珍しく、学とよく似たズルイ笑みを見せた。

「お母様……」
 つい口から出てしまい、指先でハッと口を押さえる。
 学が葉山家と絶縁をしたというなら、もう、さくらを「お母様」と呼んではいけないのだ。
 言葉を止めてしまった美春を振り返り、さくらは微かに寂しそうな面持ちを見せる。本当の娘のように可愛がってきた美春にも、もう母親とは思ってもらえない現実を悲しんでいるかのように。
 さくらの姿を見て、櫻井はホッとしながらグレースの腕を離し、頭を下げる。抗体の件を学から聞き、さくらの件は心配いらないのだと分かってはいたが、やはり自分の目で彼女の姿を確認できた喜びはひとしおだ。
 だが、ただ驚きの感情しか湧かず、口も半分開いたまま彼女を凝視しているのはグレースだ。
「まさか……」
 そして、グレースほどではないが、アランも同じように驚きの形相でさくらを見つめた。
 そんな彼に目を向け、さくらはにこりと微笑む。
「ミスター・ルドワイヤン、貴方からいただいた疲労回復剤はとても良く効きました。こんなに眠ったのは生まれて初めてよ」

 *****

「楽しいなぁ……、ホント、最高の気分だ」
 クスクスと笑いながら、須賀はマウスをクルリと回す。監視を続けるカメラがぐるりと部屋の中を見回すように映し、余裕の笑みを浮かべる学や瞠目するアランを映し出した。
「専務に着いていると、人生楽しいよ」
 IT事業部のオフィスには、須賀ひとりのみだ。彼は中央に置かれた特別対策用のデスク三台分のスペースにひとり陣取り、御満悦で六台のディスプレイと三台のパソコンを相手に“仕事”をしていた。
 学の「起業しようか」発言を聞いて、断然心が躍った。
 起業スタートに関われることに対してではなく、これからもこうして学と一緒に仕事をしていけるのが何よりも楽しく嬉しい。つい「電話番でも苦情処理でも、何でもやりますよ」と口を挟んでしまった。  
 この会社を離れ、学に着いて行くことに何の迷いもない。須賀の技術を高く深く評価し、彼にしかできない仕事を任せてくれるのは学だ。絶対的な信用を置き、活躍の場を与えてくれる。
 須賀も、櫻井と同じ気持ちなのだ。
「オレは、専務の“お傍付き”ですから」
 満足げな呟きは、嬉しさに満ちている。デスクの脇に置いていたタンブラーを手に取り、中のコーヒーをすすってひと息ついた。
「今日のコーヒーは、格別美味いなぁ」
 タンブラーこそ会社に近いコーヒースタンドのオリジナルグッズだが、中身は婚約者である悠里お手製のコーヒーだ。
 夜通し会社に詰め、早朝四時くらいから大きな仕事に入ると言っていた彼に、お手製のコーヒーとサンドイッチを差し入れてくれた。夜中から、彼のために用意をしたのだろう。
 お陰で須賀は、通常の二倍、張り切って準備を進められたような気がする。

 五台のディスプレイにはホテル内の様子が、そして目の前にある一台には、学が攻め込んだ室内が映し出されている。
 今でこそ呑気に笑っているが、つい数分前まで、須賀も息をする間もないほどの緊迫感と戦っていたのだ。
 何の問題もなく動作していると思われているだろうが、今、マニフィーク・ヒルの全セキュリティは須賀の手中にある。それだけではない。コンピューター管理対象物は総てだ。
 須賀の緊張は、学がヘリからランチャーを発砲する寸前から高まった。彼はその瞬間、ラグジュアリー・スイートへと続く廊下の厚い防火扉を、最高レベルの最大三枚まで閉め切り、響き渡るであろう爆発音を最小限まで抑えた。
 それこそ、近くの工事現場で解体工事が始まったのかと思えるレベルまで下げたのだ。
 ハイラグジュアリー・スイートは、VIPの使用が多いことから他の部屋よりもセキュリティの壁が厚い。須賀はすぐさまプールに関する温度管理や水質管理の警告機能を切り、窓ガラスが割れた場合に発動される通報経路を切った。
 更に、気付かれる可能性は低いものの、防火扉が閉じたことをホテル側に気付かれないよう、反対側の通路で火災報知機の誤作動を起こしエスカレーターを停め、ホテル側の注意を大きく逸らした。

 ひと段落仕事を終えると、学が“これから”の話をしていたのだ。
 それを聞いていて、すっかり楽しくなってしまった。
 張り詰めていた気持ちが楽になる。
「やっぱり専務は凄いよ」
 彼は、浮き立つ気持ちが止まらない。

 だが、いつまでも気を抜いているわけにはいかないようだ。
 ホテルのエントランスに、予定していた人物たちが次々と到着し始めている。
「……正念場だな」
 エントランスの光景を眺めていると、予定通り、一台の車椅子とそれを押す人物が先陣を切った。ふたりがスムーズに部屋までいけるよう、須賀は防火扉を収納していく。
 学の様子を窺うと、まだ話がついていないようだ。グレースが余計な動きを見せているせいだろう。
 しばらくふたりをドアの前で待たせる。間もなく、学の指示が下りた。
『須賀さん、用意はできているかな? 開けてくれ』
「お待ちかねですよ」
 須賀はにこやかに応え、ドアを開ける。
 そして、大介と、彼が押す車椅子に乗ったさくらを部屋へ通したのだ。

「……アラン社長、……今度は、あなたが追い詰められる番ですよ……」

 流れの予定を知っている須賀は、これから起こるべき出来事に、彼らしくはない笑みを浮かべた。







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