理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章8(完璧な後ろ盾)

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「足元が整備不足でございます。こちらへ」
 伸ばされる両腕。何の迷いもなくその中へ落ちてくる身体を受け止め、神藤は手慣れた様子で横抱きにした。
「本当に質の悪そうな芝ね」
 彼の腕の中、宝物のようなお姫様抱っこに甘んじる紗月姫は、下に視線を落として率直な感想を口にする。足元に広がるのは、ホテルに隣接したゴルフ場の芝だ。
 高級ホテルリゾートの名に恥じない、会員制のゴルフ場。もちろん芝だって質の良い物を使っている。だが神藤をはじめ紗月姫も不満であるようだ。
「ゴルフ場をヘリポート代わりにさせてもらったお礼に、私が選んだ芝を敷き替えさせましょう」
「はい、お嬢様」
 ふたりの傍らには、学を降ろしてからこのゴルフ場へ着陸したMH2000が羽を休めている。他に適した場所がなかったので、ここを着陸場所に選んだのだ。
 もちろん、ホテル側にはその旨をお付きが説明済みだ。
「もう一機は?」
「もう間もなく到着するでしょう。……ああ、見えてきた」
 神藤が仰いだ空を紗月姫も共に見上げる。まだ小さくではあるが、眩しい朝陽の中に一機のヘリが確認できた。
「“彼”もヘリで?」
「いいえ。あの方は既に辻川の私設飛行場で、お嬢様が手配くださったプライベートジェットを降りております。そこからは車でここへ。通して水野が役目を務めておりますので、間違いはございません」
「そう。ならば、“彼”ももうすぐ到着ね」
 徐々に姿を大きくするヘリを再度確認してから、神藤はゆっくりと歩き出す。彼の腕に抱えられて気持ちが良いのか、今まで凛と引き締まっていたはずの瞳が、少々眠そうにとろりととろけた。
 その様子にすぐ気づき、神藤はクスリと笑みを漏らす。
「眠いのですか?」
「神藤の腕が気持ち好いから悪いのよ」
「申し訳ございません」
 神藤は謝ってから、主人を慰めるための解決策を口にした。
「この一件が済みましたら、お気の済むまでお休みください。学様のことです、何の躓きもなく、つまらないくらいスムーズに、この問題を解決なさることでしょう」
「そう願いたいわ。本当に眠くなってきたもの」
 彼のスーツに顔を擦りつけ、ちょっと焦れた様子を見せる。そんな仕草に、従者としての立場以外で溺愛心がくすぐられている彼を知ってか知らずか、紗月姫は更に罪な言葉を口にした。
「眠る時は……、抱いていてね」
「はい、もちろんでございます。……ですが……」
 神藤は強めに紗月姫を抱き、耳元に唇を寄せる。
「お嬢様のお傍で、私も気持ち好くなり不覚にも眠ってしまいました時は、御容赦を……」
「……許してあげるわ」
 囁く彼の声に頬が染まり、はにかむ笑顔が愛しさを誘う。神藤の前では何とも可愛らしい仕草を見せるようになった紗月姫ではあるが、婚約者同士の穏やかな散歩時間は、ホテルの正面玄関が見えた瞬間に終わりを告げる。
 とろけそうになっていた彼女の瞳は聡明な鋭さを取り戻し、素早く周囲へと視線を配した。
 門の前、そして中にも、辻川財閥の車が多数台停まっている。

 数分間に起こる至悦のアトラクション。
 それを滞りなく遂行するための後ろ盾は、完璧に整っているのだ。

 神藤の胸を軽くポンッと叩くと、やっと紗月姫の足が地上に降りる。
 まるでそれが合図であったかのように、早朝のホテルに並ぶには物騒にも見えかねない黒塗りの車数台から、ダークグレーのスーツを纏った男たちが降り立ち、風に抱かれて現れた主人に頭を下げた。
 紗月姫と神藤がエントランスへ入って間もなく、後を追うように到着したヘリに乗っていたふたりも姿を現す。
 辻川総合病院のドクターヘリでやってきた、大介とさくらだ。
「伯母様、おはようございます」
 通常通り、天使の笑顔でさくらの手を取り挨拶を交わした紗月姫だが、その表情は、外の通路に“紗月姫の客専用”に使われるシャンパンゴールドのベンツが停まった時、豹変した。
 ベンツの運転席から、彼女のお付きである水野章太郎が降りてくる。後部座席のドアを開き頭を下げると、そこからひとりの男が降り立った。
「神藤」
 待ちかねた“彼”を見ながら、紗月姫は楽しそうな口調で神藤を呼ぶ。
「今年の夏は、忘れられない夏になるわね。ワクワクするわ。神藤は、どう?」
「楽しそうなお嬢様を感じられるだけで、私もワクワク致しますよ」
 クスリと笑みを漏らし、彼女の表情は辻川財閥次期総帥のそれに代わる。
「――本当に、楽しいわ……」

 大介とさくらが移動を始めると、紗月姫はベンツから降りた人物を出迎えに足を進めた。
 そして、“フランス語”で、彼を歓迎したのだ。
『ようこそおいでくださいました。ムッシュ――――』

 *****

 微笑むさくらを凝視していたアランは、やっと口元を引きつらせた。
「一時的に目を覚ましただけにしては、随分と顔色が良いようだ。貴女の気丈さは、日本女性の大和撫子魂を強く感じさせますよ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。ですが、驚きました。目を覚ました途端、いたはずの息子は他人になってしまうし、大好きな女の子は度の過ぎた悪戯をする男性と結婚をするかもしれないと聞かされたのですもの」
 手を軽く口元へ当てクスクスと笑ったさくらだが、ふと笑い声を止め、微笑んだまま柳眉を逆立てる。
「――――眠りの病から解放される代償に、ふたつも大切なものを失わなくてはならない。……そんなことが、納得出来るはずがないでしょう」
 故意に発症させられた奇病。その原因と抗体をめぐって、どれだけ大切な人たちが奔走したか。どれだけ学や美春が苦しめられたか、一や大介が尽力したかを、さくらはすべて聞かされ分かっている。
 涙を流すくらいでは治まらないほどの口惜しさを抱えて、さくらは大介と共にこの場へ来たのだ。
 
 度の過ぎた悪戯をした男の、結末を見届けるため。
 そして、失うはずの“大切なもの”をふたつ、失わないために……。

「一時的に、ではないのですよ。ミスター・アラン」
 ストッパーを下ろし、大介が車椅子を離れる。途中、櫻井の肩を叩き、さくらの傍に着いてくれと手で示してからアランの前へ進み出た。
「さくらさんはもう、クライン・レビンに侵されてはいない。――僕が、抗体を作ったからね」

 大介の言葉に、アランやグレースだけではなく、美春も同じように目を見開いた。








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ツキハラコトセさんへお返事です(9/2)

コトセさん、こんにちは!

18章、お付き合い頂き有難うございます!
コトセさんが予想してくれた“彼”も、登場しましたよ!
この先、まだまだ追い詰められていく予定です。
だって、まだ大事な後ろ盾が到着していませんし……。(笑)

毎日楽しみにして追って頂けるように、頑張りますね。
コメント、有難うございました!

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