理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章9(情熱とプライド)

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「お父さん……?」
 ある程度の予想はでき始めていた。
 だが、実際にそれを本人の口から聞いてしまうと、その驚きは増す。
 抗体を作ったのは大介だという事実。そして、自分の父親が謎とされている研究者である可能性。すべての真実を求めて、美春の目は学を追う。彼は説明をしてくれると言っていたはずだ。
 だが、美春の疑問を解決したのは問題となる大介本人だった。
「ミスター・アラン、……あなたは、研究者としてとんでもないミスを犯した……」
 座ったまま動かないアランに、大介は白衣のポケットからメモリースティックを出して見せる。
「ここに、今回あなたが真似た研究の概要が入っている。すべて見せて頂きましたよ。面白いくらい、二十五年前の僕の研究そのままだ」

 大介の言葉に、やっとアランの腰が浮く。彼は「まさか」と言わんばかりにブラウンの瞳を揺れ動かした。
「だからこそ、僕はすぐに抗体を完成に導くことができた。あなたのミスは、この研究内容を更に探求し、自分のオリジナルとしなかったことだ。あなたが僕の研究を元に、自分のものとして意欲的に改善を加えていたなら、僕はすぐに抗体なんて作れなかった。――過去の文献だから、闇に葬られた研究だから、世に出るべきものではないから、存在しているか分からない研究者のものだから、……そんな軽い気持ちで模倣し手を付けたのなら、僕はあなたがどんなに優秀な頭脳を持った研究者であろうと、……軽蔑しかできない」
 自分の研究としての進化を目指さなかったアランに、大介は同じ研究者として屈辱を与える。
 探し求めていた謎の研究者が大介だったのだと知り、アランは己の失態を悔やむが、なぜ自分の研究内容が洩れていたのかも疑問だった。
 管理はすべてグレースに任せてある。彼女が洩らした可能性もあるが、レイン以外に自分の情報を流すとは思えない。
 視線を移すと、グレースも情報の出所に不安を煽られていたらしい。戸惑いを隠しきれないままパソコンを振り返っている。

 昨日、パソコンに異常を示す警告が出た時、ハッカーの存在を疑った。
 しかしそのあと、ハッカーが潜り込んだ形跡は確認できず、あれは何かの誤作動だったのだろうかとさえ思ったのだ。
 だがハッカーは間違いなく襲いかかってきていた。それも、侵入の痕跡も足あとも何ひとつ残さず。情報だけを盗みだしたのだ。
 そしてそれは、葉山の人間だったのだろう。
 確信はないまま、グレースはチラリと学に視線を移す。彼もグレースの動揺に気づいていたらしく、腕を組み右手を軽く顎に当てて、定番のポーズを取りながらニヤリと笑んだ。
 それだけでグレースは、これが学の仕業であることを悟る。
 何ということだろう。追い詰めたと思っていた相手に、実は逆に追い詰められていたのだ……。

「まさか……、博士だったとは……」
 皮肉な笑みを浮かべ、アランは首を小さく左右に振る。
「僕は、探し求めていた本人に、“研究者の存在”を訊いていたわけですね」
 分からなかったこととはいえ滑稽な話だ。アランは大介に謎の研究者の所在を訊ねていたのだから。
 おまけに、開発者が傍で笑っているとも気付けず、抗体を盾に取り優越感に浸っていた。
 何とも悔しく惨めな気持ちだ。彼の正体を知らなかったばかりに、とんでもない失態ではないか。だが、そんな口惜しさはアランを強がらせた。
「……ですが博士、あなたの存在は、会社にとって、この業界にとってのトップ・シークレットではないのですか? ……そんなあなたが、堂々と名乗って良かったのでしょうか……?」
 アランは口元に人差し指を立て、“トップ・シークレット”を形作る。この仕草は、謎の研究者の話題が出た時に大介がアランにして見せたものだ。
 僅かばかりの冷やかしが混じる行為だったが、大介はそれをいつもの穏やかな笑みで返した。
「構わないさ。ここに、トップ・シークレットを晒して困る人間はいない。――まあ、ひとりだけ、知られるのが不安だった者はいるが……」
 大介は軽く、肩越しに美春を振り返る。目を丸くして彼を見つめている娘に微笑みかけ、心からの言葉を口にした。
「理解してくれると、信じているよ」

 アランとのやり取りで、美春は改めて、大介の研究に対する情熱やプライドが伝わってきた気がする。
 初めて芯から触れた父の心根に、うっとりとした瞳で尊敬を表す。
「お父さん、かっこいいよ」

 愛娘の称賛が嬉しくないはずはない。
 大介は微笑みを更に破顔させた。

 ひととき、微笑ましい父娘に心が和むが、あまり和めない雰囲気が一瞬だけ訪れたことを、さくらと櫻井だけは知っている。
 美春が「お父さん、かっこいいよ」と大介に心を持って行かれた瞬間、今まで黙って見守っていた学の表情が、ピクリと不快の陰を呈したのだ。
 話がついた後で、ひともめあるのではないかと心騒ぎながらも、さくらと櫻井が学に言いたいのは同じ言葉だ。だが今は、そんな状態ではないため、ふたりは心の中で叫ぶ。
 ――父親にまで、やきもち妬かなくて良いから!!

 そんな父娘の語らいを壊したのはアランだった。
「僕が、面白がって口外するとは思わないんですか? この、トップ・シークレットを」
 無駄な足掻きを口にするアランに視線を戻してから、大介は学を見る。お互い目で合図をし合うと、大介が下がり今度は学が前へ出た。
 ここからは、学が仕切る番なのだ。
「アンタが知ったところで、口外する権利はない。……いや、もう、アンタは口外できない立場だ」
 冷たくアランを切り捨て、学はヘッドセット越しに須賀へと問いかける。
「準備は?」
『“皆さん”部屋の外でお待ちかねです』
 部屋のドアが開かれる。軽快な足音と共にメインルームへ入ってきたのは、ひとりの紳士だ。
 その姿を見てアランは激しく眉を寄せ、信じられないという驚きの中でグレースが思わず叫んだ。
「……レイン副社長!?」

 姿を現したのは、アランの弟、レイン・ルドワイヤンだったのだ……。







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