理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第18章10(兄弟の確執)

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『お久し振りです。レイン副社長』
 流暢なフランス語で挨拶をし、右手を伸ばしながらレインへと歩み寄った学は、彼がアランと血の繋がった弟であるという事実を忘れてしまいそうなほどの感激を表された。
「久し振りだね、学。直接会うのは実に四年ぶりだ。相変わらずのクールで可愛い坊ちゃん顔を見られて嬉しいよ」
 親日家であるレイン。公用語で話しかけられたにもかかわらず、こちらも流暢な日本語で対応した。
 小奇麗に流されたブラウンの髪。端整な紳士の面持ちに人の良さそうな笑顔を湛え、レインは自分よりも身の丈がある学を抱擁する。嬉しそうにハハハと笑いながら背中をポンポンッと叩くさまは、まるで身内の子どもをあやしているかのようだ。
「いや、失礼。四年前より随分と大人の男っぽくなった。今スイスに視察なんかに来たら、若い女の子たちが大騒ぎだな。四年前だって大人気だったのに」
「ふっ、副社長っ」
 レインの失言に、学は反射的に口元へ人差し指を持っていきかける。同時にチラリと流した視線の先で、美春が眉をひそめた表情を捉え、余計な反応はしてはいけないとばかりにそのまま咳払いで誤魔化し場を繕った。
「わざわざ来て頂き、ありがとうございます」
「“御迎え”があったからね。来ないわけにはいかないだろう? 素晴らしい乗り心地だったよ。あんな“御迎え”があるなら、いつ来ても良いな」
 その“御迎え”は、かなり彼の気に入ったようだ。それもそのはず。「今まで乗った中で、最高のファーストクラスだった」と御満悦な彼が乗ってきたのは、紗月姫のプライベートジェットだ。

 学とレインの再会を離れた場所で見ながら、美春はアランとの差に愕然とする。
 学がロシュティスのスイス本社へ大介と共に視察へ行った二十歳の時、対応したのが、親日家で有名なレイン副社長だった。頭が良く気のきく日本企業の跡取りを、彼は大変気に入り視察は大成功を収めたのだ。
 その後、わずか数年で世界のトップクラスに躍り出たロシュティス。提携契約に関する話し合いは難航したが、昨年学が入社し、彼が担当になった途端話は急速に進んだ。
 それもすべて、ロシュティス側の担当であったレインが、学を覚えていたことにある。
 それだけ彼は、学を気に入っているのだ。
(だけど、差がありすぎよね)
 弟はこんなにも学の人間性を認めてくれているというのに。兄は正反対だ。
(本当に兄弟なのかしら)

 学の肩をポンポンッと叩き、レインは次に大介へ歩み寄った。
「お久し振りです。光野博士。また是非本社へお越しください。もちろん、ずっといてくださって構いませんよ」
「ハハハ、帰してもらえなくなったら困りますからね。伺う時は、妻を同行させます」
「それは楽しみなようで残念だ」
 笑いながら握手を交わすふたりを眺め、美春は改めて父の知名度の高さを知る。
(お母さんの膝枕で、鼻の下伸ばしてる人とは思えないわね)

 レインの登場で、場は信じられないくらい和やかになった。
 張り詰めた様子を見せるのは、グレースと、今にも怒鳴り出しそうにこぶしを握りしめているアランぐらいだろう。
 美春とも直接会ったことはないが、メディアで顔は知っているうえ、電話で会話もしたことはある。レインは彼女に微笑みかけてから、グレースへ声をかけた。
「突然、すまないね」
「……いえ……、あの、いつこちらへ来ると……」
「昨日君と話した時には既に決まっていた。事情があって言うわけにはいかなかったんだ。驚かせてしまっただろう?」
「なぜ、急に」
「“例の件”を早急に進めることにしたんだ。そのための準備を進めてくれた人がいてね」
「え……?」
 意外な展開を感じ、グレースは顔を上げる。まさか今、その話が出るとは思わなかったのだ。
 ふたりの間で交わされる暗号のような会話。傍で聞いていた美春は仕事の話なのだろうと感じたが、それを気に入らなかったのはアランだった。
 彼はテーブルをバンッと叩き、苛立ちの声を上げたのだ。
「何の用だ! お前が来るなんて聞いていないぞ!!」

 刹那、室内が重苦しいほどに静まる。
 兄の憤りを感じたレインは、グレースから離れ、ゆっくりアランへと歩み寄った。
『すみません。兄さん』
『何をしに来た。仕事の話なら、いつものようにグレースとふたりでコソコソ話していればいいだろう』
『いいえ。兄さんに、大切な知らせがあったんです』
『知らせ?』
 アランは険しい表情を僅かに解いた。仕事の話ならば、レインは会話の際「社長」と呼ぶ。「兄さん」と呼んでくるということは、プライベートに関する話なのだろうと思ったのだ。

 だが、アランの思惑は外れる。
 レインは、この場にいるすべての人間に分かるよう、日本語でその旨を告げた。

「兄さんに対するリコールが、緊急会議で正式に決定しました。――あなたは、既にロシュティスの社長ではありません」

 流れる静寂の中で、グレースが息を呑む音だけが響いた。
 もちろん美春も驚いたが、そんな中、ふと気づく。
 アランやグレース、そして自分の他に、この事実に対して驚いている人間がいないのだ。
 これは、学を始めとした他のメンバーが、この展開を知っていたということではないのか。
(どういうこと……)

「……リコール、だと……?」
 アランはこぶしを震わせる。自分に関して、そんな話が持ち上がっていたことも、進められていたことさえ知らない。いや、そんな動きはなかったはずなのだ。
 リコールなど、そう簡単に決められるものではない。何のつもりかは知らないが、虚言にもほどがないか。
 ただの悪ふざけだと信じて、アランの視線は、レインの肩越しに見える学へ向けられた。焦りの色を浮かべたその視線に気づいたのか、学はニヤリと笑う。
(……まさか)
 いきなり湧き上がる不安。
 ふっと、葉山のバックに付いているものを思い出した。
「……そういえば、葉山の身内には、日本の巨大財閥があったな……」
 言葉を出すその口元に、たらりと冷や汗が流れた。アランはそれを拭わないまま、レインの肩越しに学を睨みつける。
「昨年……、僕が一度抜き打ち視察に来日しようとした時、乗っていた飛行機を強制的にスイスへ戻したといわれる財閥だ。それも、政府の力を使って」
 その権力があれば、もしや、今告げられた言葉は虚言にはならないのかもしれない。

 アランの焦りを悟ったかのように、再びドアが開く。
 ふわりとした風を感じるのと同時に、そこに、漆黒の黒髪をなびかせたひとりの少女が、風を伴って現れた。
『ごきげんよう。ムッシュ・アラン・ルドワイヤン』

 神と悪魔の間に、決裁を下す天使が投入される。

 ――――そして、制裁の時が来た。






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後書き
こんにちは。玉紀直です。
第18章、今回でラストになります。

始まった学の反撃。
すべて計算され尽くした中で進められていくそれは、アランの失脚へと続きました。
ですが、まだ終わりではありません。
更なる制裁を加えるために、最適の人物が姿を表しました。

章のラストではありますが、このまま更新は続行致します。
第19章、解決編のラストスパート。
どうぞこのまま、お付き合いください。

よろしくお願い致します!






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